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10年後の君へ④

 出口の見えない迷路に迷い込み、途方に暮れる感覚。まるで今この瞬間でさえ夢の中なのではないかと、ぼんやりと手のひらを見つめる。  そこに降ってきた影。その輪郭でさえ愛おしいと思えるのに、今はウサギの顔を見ることができなかった。 「仕事、まだ残ってるから帰る。明日は休みだからって、夜中までゲームしないように」 「え、ちょっ……おい、俺の質問は?!」 「質問って何が?」 「だから、誰かに恨まれてたり、嫌がらせされるような心当たりはないのかって」  立ち上がった俺の服の裾を掴む手。それは縋るには酷く心許ないものに見えた。きっとここで真剣に話せば、ウサギなら信じてくれるだろう。  そして、心配するのだろう。悩ませるのだろう。もしかしたら泣かせてしまうかもしれない。そう考えると、勝手に口が開き、勝手に言葉を紡ぐ。 「嫌だな、慧君ってばどれだけ俺のこと好きなの?心配しなくても、過去のアレコレは綺麗に清算つけてるから」 「清算?過去のアレコレ?」 「安心しな、俺は兎丸慧に身も心も捧げるって決めてるから」  恨まれる原因はないと。過去に関係のあった人間とは、完全に切れていると告げる。すると、色恋に関して潔癖なところのあるウサギは、とても渋い顔をして手を放した。 「……最悪。人がせっかく気にしてやったのに、リカちゃん本当に最低だな」 「え、慧君が俺の心配?やめてくれよ、明日は布団を干そうと思ってたのに」 「布団じゃなくてお前を干してやりたい。リカちゃんは顔だけは良いから、ミイラになってもモテるかもな」 「顔だけはって……相変わらず慧君は、俺の顔が好きなんだな」  悪い未来ばかりが綴られた本。できれば慧君が好きだと言ってくれる顔は死守したいものだと、忌まわしいそれを抱えて自宅へと戻る。  1人きりの暗いリビングで目を通していなかった先を開くと、程度は様々であれ、やはり良くない事ばかりが書かれていた。指を切るなどの些細なものから様々で。  それよりも1番に気になるのは――。   「未来を教えてくれるにしては、やけに薄い」  もしかしたら数日分だけが書かれているのかもしれない。過去の一件から無神論者ではあるけれど、この時ばかりは姿形も知らない神様とやらを信じて次のページを捲る。  1ページ、また新たな1ページと開いていけば、そこにはありふれた日常の予言が書かれていた。  そして。  最後のページは、ご丁寧に赤い文字で。  それは見慣れている、毎日のように見ている俺自身の字で書かれている。    どうやって俺の字を真似したのか、何故赤い文字なのか、そんなことを考える余裕を奪った一文。指でなぞっても、爪で引っ掻いても消えることのない、確かな文字。   『慧を庇い、生涯を終える』

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