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10年後の君へ⑤
今までのどの文章よりも短く、どんなタイミングでどんな状況なのかも書かれていない。わかっていることは、数日後には俺はこの世からいなくなるってこと。
それも、ウサギを庇って死んでしまうということだけだ。
「これじゃあ避けようとしても、無駄ってことか」
余りにも情報がなさすぎて、突きつけられた現実が頭の中を抜けていく。考えられる対処法はウサギを家から出さないことや、指定された日に別々に過ごすことぐらいだが、どちらも意味を成さないだろう。
もしかしたら家での事故かもしれない。場所すらわからないのだから、安全な所など存在しない。
それに、別々に過ごすなんて選べるはずがなかった。もし万が一それで俺の命が長らえたとしても、ウサギに危険が及ぶことがわかっているのに、黙っているなんでできない。
最愛の人を犠牲にして得た未来に、意味など全くない。
保身を選べば、兎丸慧を失う『かもしれない』
兎丸慧を選べば、彼は俺を失うに『違いない』
自分の運や今までの行いに、自信があれば前者を選ぶのだろう。けれど俺には、そんな不確かな希望に賭ける余裕はなかった。
微塵も迷わずに選んだ答えは、後者だった。
「あと1週間と少しか……短いな」
本を閉じ、瞼を伏せて思い浮かべるのは幸せな日々。
些細な事でもウサギと一緒なら、何だって特別に感じられた。言い合いをすることはあっても、大きな喧嘩はせずに今まで過ごしてこられた。
ずっとずっと。これから先、何年も何十年も続くと思っていた。俺が先に爺さんになって、それをウサギが揶揄して、そのうちお前もなるんだぞって言い返して……。
しかしながら、どうやらそんな未来は永遠にこないらしい。それどころか、今のこのささやかな幸せすら、数日もすれば終わりを迎える。
湧き上がってくる感情は、悲しい、悔しい、虚しい。空っぽで、暗いものだ。
けれど、それと同時に思う。暗闇にしか見えないはずの未来なのに、妙に落ち着いていられる。
もしかしたら、これはどこかの神様が俺にくれた慈悲なのかもしれない。ページを読み進めるにつれ苦しかった胸は、最後の文章を見た時に悲しみよりも先に安堵を覚えた。
その理由は、我ながら呆れるものだったけれど。
「でも、死ぬのが俺の方で良かった」
もしまた失ってしまったら、もう立ち直れなかっただろう。また目の前で誰かが……大切な人が死ぬ瞬間を見てしまうことに比べたら、自分の命が絶える方がいくらも耐えられる。
例えそれで、悲しむ人がいたとしても。俺はとても弱い人間だから、自分だけが残されるなんて、考えるだけで身が竦んでしまう。
身勝手で、自分の都合ばかりで、最後の最後の最期に1番酷いことをしてしまうだろう。けれど最後のわがままだと思って、誰にも何も告げずにその瞬間を迎えようと決めた。
卑怯だとなじられても、性格が悪いと叱咤されても。呆れられても怒られても、泣かれても、本の予言通りの結末を迎えよう。
――だって、1人では生きていけないのは俺の方なのだから。
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