51 / 58
あざとかわいい男!
*
ベランダの窓に打ち付ける雨粒。梅雨でもないのに何日も続く雨。
俺もリカちゃんも、雨の日は基本外に出ない。濡れるし汚れるし傘は邪魔になるしと、良いことなんて1つもなくて部屋でゴロゴロしている方が何倍も楽で、そして快適だ。
だから今日も例に漏れず、昼飯を済ませた俺はソファに座っている。かれこれ1時間弱、右手に持ったスマホでゲームを続けつつ、左側の視界にチラつくモノに意識を奪われながら。そこにあるのは――いや、居るのは『あの』獅子原理佳である。
『あの』獅子原理佳と言えば、うちの学校じゃ知らないやつはいない。そりゃ先生なんだから当然だろうって話でも、よく考えてみてほしい。学校に1人や2人ぐらいは、名前すら知らない先生って存在するはずだ。それなのに獅子原理佳は、リカちゃん先生は、我が校きっての有名人である。もはやトップに君臨するはずの校長先生ですら勝てない人物――が、何をトチ狂ったのか観葉植物の葉っぱについたホコリを1枚1枚丁寧に、そして何かを語りかけながら拭いている。
いや待て。そんな草いつから家にあった?ここは俺の家なのに、俺そんなの聞いてない。どういうこと。
……と、まあ。
その辺の女子よりも女子力の高いリカちゃんは、朝から排水溝の掃除をし、あと数日は続くらしい雨の為の湿気対策やらゴミの分別やら普段の家事やら、とにかく何かと忙しそうだ。ちなみに全て俺の家の、である。すでに自分の家の分は終えていて、それだけじゃ物足りず俺の家まで綺麗にしだしたリカちゃんは、本当にすごいと思う。
それと同時に考えるんだ。
こいつ、もしかして将来的には俺に養ってもらうつもりかもしれない。その為の花婿修行なのかもって。
いくら父親が社長だとしても、うちはそんなに大きな会社じゃないし、そもそも俺は跡継ぎでもなんでもない。確かにちょっと甘やかされた生活を送っているとはいえ、勉強が苦手すぎる俺がリカちゃんを養える仕事に就けるかどうか……うん、絶対に無理。
俺に将来を賭けるのは、赤ちゃん対陸上アスリートの試合で赤ちゃんに賭けるより無謀だ。とんなハンデをもらったって勝てるわけがない。
「――慧君。もしかして目を開けたまま寝てないよな?」
そうこうしているうちに、いつの間にか俺の隣にはリカちゃんが座っていた。テーブルの上には湯気の立つ2つのマグカップと、1人分のおやつ。どうやら今日はクッキーらしい。
「ちょっと旅に出てた」
「旅?慧君1人で行かせたら、目的地に着く前に面倒になって帰ってきそう」
「バカか。俺だったらホテル探す段階で面倒でやめてる」
「さすが慧君。俺の想像の斜め上をいく返答をありがとう」
フン、と鼻を鳴らして手元のスマホに意識を戻せば、ちょうどポイントが貯まったところだった。コツコツ貯めるのは俺の性格に合わないけれど、暇つぶし程度のゲームに課金する気にはならない。だからこそ、ようやく掴んだチャンスに心が湧いて、全ての神経を向けたい……のに。
「慧君慧君」
それを遮るのはリカちゃんの声。明らかに俺に向けてかけられた声に視線を向けると、こちらをガン見している黒い瞳と目が合う。待って、この距離でそんなに見つめる必要ある?
「なに」
「暇じゃない?」
さっきまで動きっぱなしだったんだから少しぐらい休めばいいのに。そう思ってはいても、素直に言えないのが俺なわけで。
「俺は全然暇じゃない」
「こう雨が続くと気も滅入るし、何か楽しいことしたいよなぁ」
「人の話聞けよ。とにかく、リカちゃんがどうであろうと俺は忙しい。以上」
もう一度意識を画面に戻す……が、やはり邪魔してくる隣からの視線。
「慧君、慧君。暇だから構って」
成人男性にされたなら、胃の中の全てを吐いてしまいそうなポーズ第一位。拓海に言わせれば、これをされたら即好きになっちゃう仕草第一位、圧倒的に良い顔なら何をしても許されると思ってんじゃね――クソほど似合うな、この野郎!!!!!
小首を傾げるなんてもの、リカちゃんの為に存在するんじゃないだろうか。そう思わせるほど似合っていた。特許とりたいぐらい。とり方知らないけど。
というわけで。
これは、鬱陶しい雨が続いて3日目のこと。俺の年上彼氏が、あざとかわいい(ただし顔は相変わらずいい)男になった話である。
ともだちにシェアしよう!