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10年後の君へ⑦

  全てが愛おしく全てが大切で、全てが俺だけのものだ。  ……明日までは。 「俺も」  小さく返された返事は、可愛げはないけれどウサギらしいものだった。なけなしの素直さを詰め込んだ、精一杯の一言だった。 「ああもう!外で何やってんだよ、早く行くぞ!!」  照れ隠しに握っていた手を振りほどき、ウサギは行ってしまう。けれどすぐに振り返って笑った顔が、驚きのそれに変わった。 「リカちゃん?!え、なんで泣いてんの?!」  自然と零れた涙が頬を伝い、閉ざした唇の隙間から口内へと入ってくる。塩気のある味は、久しぶりに流した涙の味。  まだ生きているということを実感させる味。これからも生きたいという願いを諦めきれない感情に、強引に蓋をする。 「リカちゃん大丈夫か?どこか痛いとか……本当は体調が悪いとか?」 「慧君……慧君、どうしよう」  どうしようか。弱音を吐いて本心を語って、俺よりも少し小さな手に縋ってみようか。  1人では持て余してしまう不安と悲しみを、一緒に抱えてもらおうか。  それができるなら、どれほど楽なのだろうか。 「どうしよう慧君……花粉症が辛くて、目が痛い」 「――は?」 「やっぱりこの時期の散歩は駄目だな。いくら曇りとは言え、花粉は飛んでるんだし……ってことで帰るか」 「はあ?!お前ちょっと勝手すぎないか?!」 「別に普段通りだと思うけど?これで勝手が過ぎるって言われるなら、便乗して帰ってからエッチしたい」 「誰がするか!!」   なんてことのない、ありきたりな日常は今日で終わる。  俺が死ぬのは明日のいつなのだろう。  慧の代わりということならば、朝までは生きていられるだろうか。最後には慧の好きなものを作って、おはようも言えたら嬉しいのだけれど。  寝ている時に何かが起きたら困るから、今日は一緒に眠ろうと誘った。もちろん本当の理由は言わず、いつも通りの俺で。  腰が痛いやら、今日は疲れてるだの煩い口を塞げば、渋々と頷いたウサギがソファから立ち上がる。散歩から帰った後も離れようとしなかった俺を、簡単に置いて行こうとする。 「とりあえず風呂入ってくる」 「ねえ慧君、せっかくだし一緒に入る?」 「入んねぇよ!入るわけないだろ!」  自分の家に帰るのが面倒なのか、俺の家のバスルームへと向かった慧が廊下に消え、少しして顔だけ出してこちらを覗いた。 「……なんだよ、リカちゃんは来ないのか?」  今すぐ飛び掛かりたいと思わせる、突然の行動。何も考えずに天然で落とされたお誘いに、立ち上がりかけた腰をソファに縫い付けた。 「……っ、慧君。どこを舐められてもいいように、綺麗にしておいで。もちろん、どれだけ汚くても慧君の汚れなら、甘んじて受け入れるけど」 「ああ、相変わらず変態なんだな……お前」 「慧君が魅力的故だな。ほら、早く早く」  本当は風呂なんて入らなくてもいいのに。そんなものに時間を割くぐらいなら、1分1秒でも腕の中に居てくれる方がいいのに。  けれど、これが最後の夜だから綺麗でいたいとも思ってしまう。 「ここは普通、最初の夜はって言うところなんだろうけど」  最初があれば最後はあるものだ。それが思ったよりも早く来ただけだと、自分自身に何度も言い聞かせる俺は、もう笑うことすらできない状況だった。

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