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10年後の君へ⑨
朦朧としている君には届かないだろうけれど、それでも知っていてほしい。
自分以上に大切な人がいる喜びと、それがどんなに特別ことか。
いつも優しくしたくて、けれど簡単には出来なくて。今まで積んできた経験値なんて、何も役に立たなかったこと。本当は泣き顔よりも笑った顔が好きで、特に気の抜けた自然体な笑顔に弱くて、それを見る為に必死だったこと。
嫌われないように見栄を張ったり、君が退屈しないように若い子の流行を調べてみたり。共通点を見つける度に喜び、相違を見つける度に焦って。
実は君が知らないだけで、振り回されていたのも余裕がないのも俺の方だった。
そんな自分が格好悪くて情けなくて、けれども俺には君が全てだった。
好きや愛してるなんて簡単なものではなく『全て』だった。
最期の瞬間に見た君の顔は、涙で一杯で。
泣かないでと伸ばした手が、白い頬を赤く汚してしまう。俺にはその赤が自分の血なのかどうか、確認する気力も既に残されていない。
「……い」
もう声にならなくて。
大好きな君の名前も呼んでやれない。大丈夫だと安心させてやることも、冗談を言うこともなく乾いた息を漏らすだけ。
けれどその吐息は、無情にも君の名前にはならなかった。慧という、2文字の言葉でさえ発せられずに目を閉じる。
瞼の向こうにある暗く細い闇。それが続く先に、君の姿はない。
どこかから聞こえてくる俺を呼ぶ声と啜り泣く音が徐々に小さくなって、痛みも温度も、何も感じなくなって。ぼんやりとした夢の世界で、楽しかったことや嬉しかったことを記憶の海から掬っては眺める。
嗚呼、この時は楽しかった。けれどあの時はもっと楽しかった。いや、それよりもこっちの方が楽しかった。幸せだった、確かに幸せだった。
残された人の涙をBGMに、温かく優しい記憶の川を渡って、意識がぷつりと途絶えるのを待つ。受け入れるべき終末の足音が、すぐ傍まで来ていた。
「置いて行かないで……俺を1人にしないで。リカちゃん、待って」
最後に伝えようと首を振ったこと、君は気づいただろうか。
1人なんかじゃない。1人になんてしない。
俺はいつも君のものだから。目には見えなくて声も聞こえなくても、どこにいても君のものだから。
だから決して『1人』ではないのだと、誰か彼に伝えてほしい。
俺はもう、何もしてあげられないから。
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