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第4話 亜子さんの話-2

「えっ、亜子さんナツメさんも持つの?」 「そうなの!ひどくない?!分量おかしいっつーのよね!」 小さい方の会議室で亮平と次の仕事の打ち合わせをしている時、亜子は昨日のことを思わず愚痴っていた。 「ナツメさん今売れて来てるもんね、大変そ~」 「でっしょ~?!遠藤さんはね、ナツメちゃん離して新人一人持つんだって。数人じゃないのよ一人なのよ?!どんな大型新人だって話よ!!」 「新人?遠藤さん新人持つの?」 「らしいよ。私にはデカすぎる新人なんだって!ったくあの嫌味ぃ~~な言い方がホンッットむかつく!」 打ち合わせ用の書類を気づかぬ間に握りつぶしているほど、亜子は怒っていた。 お前では力不足だと面と向かって言う必要がどこにあったのだ。イライラを落ち着かせるため、手元にあったタブレットミントを力任せに噛み砕いた。 「ふーん…」 「あ、ゴメンこんな話しちゃって!そろそろスタジオ向かおっか」 「はーい」 ここだけの話、亮平は自分のマネージャーが亜子であることにわずかに不満を持っていた。 同期のEitaは社員の中で一番やり手と言われている遠藤の担当なのに、自分は入社二年目の女性マネージャー。もちろん女だからダメとは思っていないし、一生懸命やってくれていることは理解出来るけれど、学業優先で仕事をセーブしているのならEitaこそ亜子の担当でいいのではないか。もちろんそれを口に出すことはない。ただ、遠藤が新人を担当するという話が亮平の中で不満の種になることは明白だった。 「新人ってどんな奴なの?」 「ん~なんかね、正統派イケメンって感じ。私もまだ写真でしか見てないけどね」 「何それ、俺だだカブリじゃん」 「は?亮平くんに正統派イケメンの要素一ミリもないよ?」 「亜子さんひっど!」 それでも、気兼ねなく物を言い合える仲であることも事実。 なかなかいいコンビだと思っているのは、お互い様だ。 「明日卒業式でしょ」 地下鉄への階段を降りながら、亜子がスマートフォンのスケジュールを開きながら笑顔で声をかける。 「うん」 「じゃあ今日は早く終わらせないとね!」 「別にいいよ。式典にもHRにも出るつもりないし」 「えっ、そうなの?!」 先に階段を降りていた亜子は、亮平のその言葉に思わず足を止める。 自分を追い越して先を行く亮平を、亜子は目で追った。 「そ。ほけんしつとーこー。卒業証書だけもらってすぐ帰るよ」 「そんな…みんなと写真撮ったりとか……」 「ようやく自由だ~感無量!亜子さんどんどん仕事入れてね!!」 聞こえなかったのか聞こえないふりをしたのか、亮平は亜子のその言葉は無視してぐーっと伸びをして笑顔で振り返った。元々、“もっと働きたい”と言い続けていた亮平だ。そう思うのは当たり前のことなのかもしれなけれど、理解しきれない亜子は「……うん、それは任せて!」と答えるので精一杯だった。 地下鉄の座席に沈んで目的地まで揺られている間、亜子は自分の高校時代のことを思い返していた。 大学進学を機に上京した亜子は、友達と会えなくなるのが寂しくて悲しくて、式典中もHR中もずっと泣いていた。卒業アルバムのうしろのページに色とりどりのペンで一言書き合って、写真もたくさん撮って、学校を出るのが名残惜しくて、結局担任に追い出されるまで教室で騒いでいた。みんな元気にしているだろうか。田んぼに囲まれた田舎の学校だった。保守的な校風からか、東京へ行く女の子なんてほんの一握りで、多くは地元に残ったままだった。もう結婚して子供を産んでいる子も多いかもしれない。事実、今日まで何人の結婚式の招待状を欠席で返送したか分からない。大学時代の友人はキャリア優先組が多いものの、それだって自分には遠く及ばないようなカッコいい仕事をしてる子ばかりだ。 高校の卒業式を保健室登校するという若者の人生に関わって、自分は一体何が出来るのだろう。上司の言うように、彼らを単なる「商品」として捉えるようになる日が来るのだろうか。……絶対嫌だ、そんなものクソ食らえだ。 地下鉄の揺れに身を任せ、亜子はつらつらとそんなことを考えていた。 「・・・さん。亜子さん!次降りるよ!」 「えっ、わっ!あれ?!」 バシバシと強めに肩を叩かれ、意識がパッと引き戻される。 いつの間にかうたた寝してしまったらしい。亜子は思わず口周りを拭った。 「もう着くよってば」 「ごめんごめん!あ~何かよく寝た気分」 「俺めっちゃ肩凝ったんですけど」 「げぇっ!もたれてた?!ホンットごめん!安福さんには内緒にして~」 「はいはい、分かりましたよ」 亮平はイヒヒっと意地悪に笑って、席を立ち上がった。 マネージャーはむやみにタレントと近い距離にいてはいけない。異性であれば尚更。 とりとめのない普通のルールだが、だからこそ出来ていて当たり前。マネージャー業務を始めた当時、事務所へ戻る地下鉄で同じように亮平の肩で寝てしまったところをたまたま乗り合わせた安福に見つかり、このまま殺されるのではと思うくらいこっぴどく叱られた経験が亜子にはあった。 「あー~…やっちゃった…最悪…」 ぶつぶつと独り言を言いながら、地下鉄の出口を抜けスタジオへ向かって歩く。 冬の風が頬を刺して、亜子と亮平は肩をすくませた。タクシーなど贅沢なものを使う余裕はないが、幸い亜子の事務所にはそこに文句を言うタレントはいない。みな発展途上の経営状況を知っているからこそ、それぞれ二人三脚でやっている。亮平ももちろん、その中の一人。 「亜子さんヘコんでんの?」 「そりゃヘコむよ~…部長に怒られた時の事が走馬灯のように……」 「あははっ!見たかったな~安福さんが鬼ギレするとこ」 「鬼ギレなんてもんじゃないよ近くに刃物があったらマジでヤバかった!!」 そう言うと、亮平は腹の底からおかしいといった様子で盛大に笑い、亜子の2~3歩先をどんどん進んで行った。 今日は専属で契約している雑誌の撮影。少しずつ亮平のカットが増えて来ていて、今の目標はこの雑誌のカバーを務めることだ。亮平も亜子も、明確にそれを口にしたわけではないが、二人にとってそれは一番近い目標だった。

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