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第11話 湊との関係-2 (※R-18)
頭の中が混乱していた。
アルコールを飲んだわけでもないのに、ぼうっとして正常な判断がつかない。
きっと、ふわふわと揺れる湊の煙草の香りのせいだ。
歯を食いしばり、両腕で顔を覆っていた亮平は、遮った視覚以外の部分で敏感に湊を感じていた。全身丁寧にキスをされ、「やめてください」と言おうとするたびにタイミングよく湊が亮平に囁く。「サキちゃんかわいい」と。それがまるで魔法の呪文のようで、亮平の思考を面白いように麻痺させた。
そして亮平は、最後の砦を自ら壊した。聞かずにはいられなかった。
「これ…嫌だって…言ったら……。ドラマ、降ろされますか……」
顔を隠したまま、その腕と声は震えていた。
湊がふふっと笑ったような雰囲気を察して、少しだけ力が抜ける。その瞬間、ぐっと腕を取られて視界が明るくなったかと思うと、笑った雰囲気とはまるで真逆な怒り心頭という顔をした湊に睨みつけられた。
「……俺、そんなこと言うような奴に見える?」
その目に殺されるかと思った。
だけどそれは正しい直感だった。
この時確かに、亮平は殺されたのだ。湊の狙い通りに。
「……だって、そうでしょこんなの!俺は…!あなたのことずっと…憧れてたのに……っ!」
「幻滅した?」
「そうじゃなくて!!あなたみたいな人が、俺なんかに……んんっ」
最後まで聞いてもらえずに唇を塞がれる。口内に入ってくる湊の舌に、もう逃げるのは諦めた。その代わり、自分も乱暴に舌をねじ込む。十秒間のキスを解いて、湊が力強く抱きしめ耳元で掠れた声で囁いた。
「もう、本当、サキちゃんかわいい……」
それが引き金になった。
今まで気にしたこともなかったのに、どうにも虚しくて、どうしても嫌だった。正常な思考を放棄した亮平の頭と身体が勝手に動く。乱暴に湊の背中に腕を回して、仕返しだと言わんばかりに力を込める。「う、」と声がして、少しだけ気分が良かった。良かったのに、なぜか目からは涙がこぼれた。
「……じゃ、な、いです」
涙声の亮平に気付いて湊が視線を合わせる。亮平の腰を抱いていた手を抜いて、涙を拭き取るその手は確かに優しかった。
「そんなにヤだった…?ごめん、サキちゃ、」
湊の顔を両手で掴んで、噛むようなキスをした。
さすがに自分でも下手くそなキスだと呆れたけれど、そんなことはどうでもよかった。
「今は…っ、サキじゃないです!」
まるで甘さなんてない、怒りの表情と声色。それでもその大きな瞳からは涙が溢れて止まらない。その脆さとちぐはぐさが、湊が亮平から目を離せない理由のひとつだった。
「……亮平、かわいい」
「嬉しくないです」
「キスして?」
「…いやです」
その返答に愛おしいように微笑む湊の顔を真正面から見ながら、亮平は涙の止め方を必死で考えた。このままでは嗚咽になってしまう。けれど、次の瞬間からそんなことを考える余裕はなくなった。
「……っ!ちょっ、み、……っ」
性急に与えられる直接的な刺激に、思わず腰が引ける。
下着の中に手を入れられて、ガチガチに勃ち上がったそれに先走りを塗りつけるようにして扱かれた。服を脱がされた時点でこうなることは予想がついたけど、それでも実際にそこを触られると底知れぬ恐怖を感じる。湊に触れられるのは、いやだった。自分が生身の人間であることを知られたくない。決して綺麗なものではない色欲を、見られたくなかった。けれど亮平がそんなことを思っているなんてお構いなしに、湊の手は動き続けた。同じ男として、その手が確実に射精を目指しているのが分かる。空いていた左手は亮平の背中に回りとっくに閉じ込められているため、やっぱりここでも逃げ場はなかった。
「亮平、我慢しないで。気持ちよくなってよ……」
言ってすぐにその舌が耳を捕まえる。舐め回す音が直接鼓膜に響いて、背中にゾクゾクと快感が走った。感じていることを認めたくなくて、必死に首を振った。それでも湊の手は止まらない。先端を強めに刺激されて、亮平の口からは情けない声が漏れる。
「あ、ぁぁっ、……はっ、……んんっ、」
「いくとこ見せて?」
「や、っだ…!いやですっ……!」
「“いや”はダメ」
「あっ、あっ、やっ、あ、ああぁぁ…っ!」
その細い身体が大きく跳ねた瞬間、湊の手の中で亮平は白濁を吐き出した。
はあはあと肩で息をする亮平を待たずに、湊も着ていた服を全て脱ぎ捨てる。出してしまった羞恥心から顔を隠していた亮平は、抱きついてきた湊の素肌の感触に驚いて目を開けた。下半身には自分のものではない固いものを感じて、それにもまた驚かされる。
「み、……湊さん……」
「なに?」
「お、俺…で、その…、勃ってるんですか……」
自分は触られたからそうなってしまっただけで、言わば生理現象の勃起だ。
決して目の前の男に欲情したわけではない。まだ、この時は。
「そうだよ、変かな?」
「………わか、分かんないです、けど、あの、」
咄嗟に“変です”と言おうとしたけれど、それを言ったらこの人のセクシャリティを否定してしまうかもしれないと思い当たって“分からない”と言葉を濁した。きっとそれもお見通しなのだろう。優しく微笑んだ湊は、「サキちゃんは優しいね」と唇に軽いキスをした。
呼び名がまた戻ってしまった。
少しだけがっかりした気持ちになり、顔のすぐ横にあった湊のゴツゴツした大きな手に頬を擦り寄せる。一瞬驚いたような顔をした湊は、すぐに妖艶な笑みに変わってぐるりと位置を入れ替わった。
「わぁっ!あ、あの…!」
「しー」
湊の上に跨った亮平を見上げながら、湊が自分の指を舐め唾液で湿らせる。そしてその指は、何をしているのかと様子を伺っていた亮平の秘部へと迷いなく進んだ。
「えっ!えっ!?ちょ、っと何……ひっ…」
「力抜いて」
力を抜けと言われてもどうしたらいいか分からない。
またパニックになる亮平をよそに、湊の指は容赦なく亮平を拡げて行く。
「あ、う……ぁ、くっ……」
違和感を何とかやり過ごそうと、歯を食いしばる隙間に小さく声が漏れる。それが湊の興奮をさらに煽った。いつの間にか増えていた指が亮平の内側を優しく摩るように動いて、その中途半端な刺激に思わず下唇を噛む。もどかしさから湊に縋ってしまいそうだったのを、必死に止めた。
「サキちゃん、腰動いてる。俺の指気持ちいい?」
「………っ」
ぶんぶんと頭を振ると、知らぬ間に流れていた大粒の汗が宙を舞う。
その時、湊の指が中でくっと曲がってある部分を集中的に攻め始めた。
「あっ……!?ひ、ぅっ、そ、そこっ…や、ぃやだっ…!」
「ここ?」
そう問いかけられて、もう首を振る余裕もなかった。口からは自分でも聞いたことがないような声が出て、身体の中の細胞全てが快感を拾うセンサーになってしまっている。内側から得体のしれない波が襲ってきて、その嬌声が一段と大きくなったところで、ずるりと勢いよく湊の指は引き抜かれてしまった。
「ぁ……」
もう少しでイけそうだったのに。絶望に満ちた顔で荒い呼吸を繰り返す亮平が湊を見下ろす。わざとらしく申し訳なさげな顔で「挿れてもいい?」と聞く湊に、亮平の口から落ちる言葉はもう決まっていた。
「……早く……」
「…ふふ、いい子」
湊が亮平の髪を撫で、またぐるりと上下入れ替わる。亮平は乗っていた体勢のまま下に落ちてしまったため、結果的に後背位の形になった。
少しだけ気が紛れた。欲情した湊の顔を見続けたら、きっともっとおかしくなってしまうと思ったから。
掴むものが欲しくてシーツを強く握り締める。亮平の腰に手を当てて、湊が「挿れるよ」と言うと同時に衝撃的な質量をうしろに感じて、亮平は思わず叫び仰け反った。指とは比べ物にならない熱いそれをねじ込まれる。
痛い、熱い、怖い、こわい、こわい
身体を切り裂かれるようで、そればかりを心で思った。それが声にも出ていたのだろう。奥まで入れたあとしばらくじっとしていた湊が、亮平の背中に覆い被さる。
「サキちゃん大丈夫?」
「………っ」
「泣かないで、怖くないよ」
優しくそう言われて、初めて自分が泣いていたことに気が付いた。
別に悲しくはない。これもただの生理現象だ。
「サキちゃんはどこが気持ちいい?」
教えて、と切なく乞う湊に、首を振るだけで精一杯だった。
一体さっきから何度首を振っているのだろう。
「なんで?サキちゃんが気持ちよくなってくれなきゃ意味ないよ」
今度は悲しげな声。亮平は少しだけ焦って、顔を湊の方へ向けた。
「……が、」
「ん?なに?」
「湊さんが…気持ちいいのが、いいです……」
本心だった。もうここまで来てしまっては戻ることなんて出来ない。ならばせめて、具合が悪いと思われたくないという亮平の小さな願い。その献身的すぎる台詞を聞いて、腰を支えていた湊の手に思わず力が入る。
「……亮平」
ふいに名前を呼ばれて、亮平の心臓が高鳴った。どんな少女趣味かとは思うけれど、事実そうなのだから仕方ない。
「ホント、お前は恐ろしいね」
そうつぶやかれたあと、今までのすべてが手加減されて気を遣われていたのだと亮平は思い知った。亮平の言葉通り湊は自分の快感を求めて動き続け、それは浅く、深く、強く、弱く。何度も体位を変え、何度も何度も奥を突かれた。その度に亮平は汗と涙を飛ばしあられもなく喘いだ。正常位で執拗に中の一点を攻められ、溺れるような感覚に落ちたのは何度目の時だろうか。
「あ、あ、あぁぁっ!んっ、ま、待って湊さ…っ!」
「待たない」
「ぃ、やだ…待っ、あ、あ、あ、あ」
「……っ」
「やだやだやだやだあぁぁあああぁッッ……!!」
全身が浮いて、どこかの闇へ急降下するような感覚に襲われる。頭も体も視界も、全てが真っ白で、でも真っ黒にもなって、上下左右自分がどこにいるのか分からなくなる。
目の前にいるはずの湊が見えなくて、イきながら必死に彼の名前を呼んだ。
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