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11. My Heart Aches 1
──おい。
誰だ、こんな授業をカリキュラムに組み込んだ文科省の偉い奴は。
「ほら、次。カイの番」
隣の席に座る李一に促されて、俺は仕方なく順に回されてきた目の前の物体に視線を移す。
麺棒みたいにつるんとした木。テラテラと無駄に光ってるのは、あまり深く考えたくはないが使い込まれているからかもしれない。
一体なんでこんなものを、よりによって男の象徴に見たてなければならないんだ。
今日は、うちの学校で一年生が受けなければならない一大イベントである性教育の授業が行われている。
今は二人一組で机を隣り合わせて、この模型にコンドームを被せていかなければいかないというさ気まずい実習の真っ只中だ。
「後ろに回さないといけないから、早くしてくれないか」
「わかってるよ」
渋々諦めた俺はあらかじめ配布されていたコンドームのフィルムを破り、木の棒に被せていく。性教育が大事なのはわかるが、他にもっと方法はなかったのか。
ふと視線を感じて振り返れば、遥か窓際の席から七瀬が俺をうっとりとした眼差しで見つめているのが目に入った。その夢見るような顔つきは間違いなくエロいことを考えているに違いなく、俺は盛大に溜息をつきながら模型に向き直る。
「ふふ。七瀬、かわいいよね」
「そうか?」
余計なことを考えまいと目の前の棒に神経を集中させながら答えれば、李一は俺の顔を覗き込み、ゆっくりと目を細めて口を開く。
「素直じゃないね」
何でもお見通しだと言わんばかりのその微笑みが、妙に気に障る。
李一は学年トップの優等生で、人望の厚い真面目な委員長だ。恥も外聞もなく俺のことを追いかけ回す変態丸出しな七瀬とは正反対の性格に見える。なのに、二人はなぜか仲がいい。
そして、七瀬から俺のことをどんな風に聞いているのかは知らないが、李一はクラスで俺にだけは辛辣な態度を取る。
「僕は七瀬のこと、大好きだけど。かわいくて素直で、あんなにいい子はいない」
俺が付けたコンドームをクルクルと巻き上げながら、李一は言葉を連ねていく。
「カイがその気じゃないのなら、僕が七瀬をもらうよ」
「──は?」
模型から抜き取ったゴムを両手の指先で引っ張って、どこかたどたどしい手つきでどうにかくるんとひと結びしてから、俺の前に置く。
「怖い顔をするなよ。冗談だ」
そう言って薄く笑いながら、十個入りコンドームのパッケージをこちらに差し出してくる。授業の始まった直後に一人一箱配布されたものだった。
「僕はいらないから、あげる」
その視線がまた後ろへと流れるのを見て、俺もつられてもう一度振り返ってみる。
七瀬が頬をうっすらと赤らめながら、慣れない手つきで模型にコンドームを被せているのが見えた。途中で何度も引っかかって、巻き上げてはまた下ろす。こんなことにいちいち悪戦苦闘していることに驚愕する。初めて使ってることは、誰の目からも明らかだ。
それを見ながら、李一は眉を上げておかしそうに笑った。
「……ああ、君たちもいらないか」
──クッソ、むかつく。
「ほら。自分で使えよ、委員長」
お前も恋のひとつでもしてみろよ。
もう一度溜息をつきながら、俺は前に向き直って小さなパッケージを突き返した。
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