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「っぅえっ?! ンむっ」
物思いにふけていると、気付いたら鼻先に隆司の顔があり言葉を紡ぐ前に塞がれる。
「……ふ、ぅ……」
驚いて離れようとした一磨は強く引き寄せられる。
思考を攫われ霧散させるように、その代わりに頭の奥から痺れが沸き起こる。
歯列を割られ、口蓋を内側からなぞられ。
逃げを打つ舌は探り当てられ、容赦なく絡められ。
どちらのものとも判断できない口腔内で攪拌される唾液。
処理できるほどの能力もなく、火照った顔の口角から卑猥に筋を作り流れていく。
潤んだ瞳ではとても隆司を見ることが出来ず、閉じた拍子に目じりから何かが落ちた。
震える指先は自分の腰を抱く相手の腕へ力なく絡められる。
「……ン」
ちいさな音を立てて離れていく、互いの唇。
食まれた耳介から彼の低い声が囁く。
「『あんたを抱き潰してやるよ』」
たかが一つのキスでグズグズになってしまった身体を持て余して、一磨は隆司を見上げた。
野性味溢れる男の顔が、フッとやさしくなる。
「まぁ、あんたの体調が戻ったらな」
その広い掌で頬を撫でられる。
「……ぇ?」
「無理するな。万全じゃないだろ」
──違う。
違わないけど、違う。
体調が思わしくなかったのは、近づく検査結果への緊張と、連日続く勤務と暑さによる夏バテ。
これからの隆司との関係を左右する結果が出ることによる不安と期待。
日勤と夜勤の組み合わせな仕事のため、どうしても昼間に睡眠時間を確保しなければならない時がある。暑さに弱い一磨には寝ることも出来ず、必要なエネルギーを摂取することもままならず。結果、毎年恒例で体力・体重は減少していく一方。
「っぁ、あの……」
「どうした? 風呂でも入ってサッパリしてこい」
「あ、うん、……そう、する」
肩透かしを喰らったような、何とも言えない虚無感と敗北感。
自分が思っていたよりも、彼との情交を遥かに強く期待していたらしい。
トーンの落ちた自分の発した声で気付かされた。
相手に気付かれてなければいいけど……。
「お風呂、先に借りるね」
そう言って、一磨は彼を残したまま部屋を後にした。
脱衣所で服を脱ぎつつ、気付いて一磨は自分の胸元にあるモノを手繰り寄せた。
隆司からこれを預けられた時に一度指に通しただけで、仕事中はおろかプライベートの時も着けることが出来ないでいた。
本当の持ち主は隆司の母親・早苗(さなえ)だ。
こんな自分がこれほどまでに大切なものを預かっていていいだろうか?
今でも不安は際限なく付き纏う。
隆司から受け取ってしまったが、元々の持ち主やその夫の気持ちを考えると、どうしても気が引けてしまう。
自分は鬼籍の住人になった彼らの最愛の息子を勝手に引き取って、大なり小なり苦労をさせ、そして現在は精神的にも身体的にもかなり依存してしまっている状態だ。
もっと今の状態を改善させなければと思っても、中々上手く行かず足掻き続けている。
──強く、ならなければいけないのに。
彼に支えられ、助けられ続けている。
──ずっと……。
それなのに、自分は──。
『自覚を持て』
『覚悟をしろ』
隆司が一磨に向けて発した言葉だ。
「でき、ない、よ……」
弱々しく零し、手にした鎖の先にある物を握りこむ。
常に不安に苛まれている心は、ちょっとやそっとでは改善の見込みが無い。
仕事ならば、必死に勉強して何とかなる節はある。
自信が無い、のだ。自分に。
幼い頃に受けた傷を治さなければならない。
越えなければならないのに。
未だ、ソレが出来ずに留まり続け、隆司に迷惑を掛け通しだ。
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