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走行中
……慣れてる。
車に揺られながら、一磨は眠い眼を擦った。
自宅には自動車は無いので、どこかで運転しているのだろう。
一瞬、隆司の友人である聡志の顔が浮かんだが、彼も持ってはいないはずである。
危ない事にならなければ、いい。それだけだ。
まぁ、自分も人に教えられるほどの技量は無いので、正直安心した。
旅館への行き帰り全て己が運転するとなったら、いくら頼みであろうともとてもではないが首を縦に振ることはできない。
──『慣れる』ほど。
それだけ、隆司の中で葛藤を克服したということだろうか。
一度眼を瞑り、通り過ぎる覆いかぶさるほど生い茂った木々を仰いで思案する。
彼は両親を亡くした事故車両に同乗していた。
加害者側の過失で閉じ込められた車内、幼い視界はあの無残な遺体を眼にしていたのだ。
心に何も負わなかった筈はない。
事実、あれだけ負けん気の強い隆司があの後一時的に、道を歩いてただ過ぎるだけの車を怖れていた。
本人にその自覚があったかどうかは不明であるが、力無い己は車道側からそのちいさな手を握ってやることしかできなかった。
──大きく、強く、なった。
本当に。
高校卒業を間近に控え免許を取ると言ったときは、それは驚いたし心配もした。
事故を起してしまわないかよりも、運転をする自動車に関わるという隆司の精神面を。
畏怖(いふ)していたモノへの挑戦。
前を向き運転に専念している横顔を眺めてから、コツンと窓ガラスにもたれ掛かる。
確実に成長している。
いや、もう既に己の手は何年も前に離れている。
震えていたちいさな手は、余裕を持ってハンドルを握る大きな手へと変わった。
「何だ」
「……っぇ、あ、えっと、何でもない」
まさか見ていた事に気付かれていたとは知らず、変にどもって息子を仰いだ。
「おかしなヤツだな」
「そうでもないと思うけど……」
──ゆっくりで、いいよ。
心の傷の癒しも。
彼自身が己を待ってくれているように。
あせらずに。
「旅館、どんなところだろうね」
「栗原さんの推薦だろ。変な所じゃないだろ」
「そうだね」
満足気に口角を上げた、あの彼女の顔が忘れられない。
一体、何があるのだろうか。
力を抜いて、一磨は助手席に背を預けた。
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