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師走
月が変わって勤務の変更されたホワイトボードを見て、隆司は眉を顰めた。
「……お前、どういうことだ」
「何が?」
不機嫌な声音を隠しもしない隆司に若干腰を引かせつつ一磨は首を傾げた。
「再来週の週末は?」
クリスマスイブ。
「準夜」
確かに、準夜の文字。
「年越しは?」
「入り」
ちなみに入りとは、昼間勤務をしてその日の夜に仕事に出ることを示す。
年末は日勤、年変わって夜勤。
「俺、くじ運ないから」
「クジかよ……」
「うん、そう」
何でもないことのようにサラリと言った恋人に、お門違いだと思いつつも微かに怒りを感じる。
前までは年末年始は特別手当がそれなりに付いていたため、主に独身者がこぞって勤務の取り合いをしていたが、昨今の不景気によりそれも激減。お手当てもスズメの涙。それならば、自宅でゆっくり年越しをした方が得策と考える人間が増えただけ。
苦肉の策でみんな平等の精神で開催された、年末年始勤務のクジ大会。
やれやれと長い溜め息をついた隆司に、一磨は焦った。
「直行さん達の命日はしっかり休み取ってあるよ。……あ、大掃除は年内にはやっとくから、大丈夫。もうほとんど終わってるし」
「違う、馬鹿」
あまりにも見当違いのことを言い出す相手に更に脱力する。
期待した自分がバカだった。
「え……じゃ、何?」
本当に気が付いていないのだろう。
顔中に疑問符を貼り付けた恋人に隆司は背を向けた。
「何でもない」
「っま、……」
行き場の無い怒りを紛らわせるため食器でも片付けようとした隆司の歩みは、シャツの裾を引っ張られて止められた。
「お、俺何か、した……?」
しまった、と思う。
振り返れば大きな眼を潤ませて、不安気に自分を見上げる視線と出会う。
「あ、ごめん、なさぃ……」
ゆっくりと裾を離れていく手を掴んで引き寄せる。
軽く溜め息をつけば、腕の中の身体がビクリと肩を揺らす。
「あんたの所為じゃない。俺が勝手に拗ねただけだ」
「すね、た……?」
クリスマスも正月も恋人と一緒に過ごせない。
あんたはどう思う?
「あ……ごめんなさい」
「あんたは悪くない」
悪いのは……誰もいない。
「気付かなくて、ごめ……あの、その、いつも特別だから、わかんなくて……」
「特別?」
「一緒に居てくれる人がいて、『ただいま』って言ったり『おかえり』って言ったり、一緒にご飯食べたり、ゆっくり話ししたり、一緒に寝てくれたり。それだけで、いっぱいいっぱいで……」
腕の中のくぐもった、ちいさな声が言葉を紡ぐ。
「そうか」
「俺、直行さんたちに会うまで、正月とかクリスマスって知らなかった」
……一体、どんな生活を送っていたのだろうか。
そういえば、実父の日記にも『自分の誕生日を知らなかった』と記載があったのを思い出す。
ポンポンとやさしく彼の背を撫でてやる。
「来年に期待する」
何事が呟く言葉は謝罪だろう。
腕の中にスッポリと納まる成人男性にしてはちいさな身体を強く抱きしめ、その耳元に低く囁く。
「その代わり、今夜は覚悟しろ」
ビクリと大袈裟なまでに揺らされた身体に、隆司は口角を上げた。
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