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 いつかのように、大きな岩に腰掛けて足を垂らす。  本日は三日月。久しぶりに姿を現した一磨を、まるで嘲笑(あざわら)うかのように。  再び戻した視線は大きな音を上げる波へ。飲み込もうとするかの如く高く飛沫を上げ、巻き込もうと地平線へと引かれていく。肌を刺す寒風がマフラーを靡(なび)かせても、以前ほど感じない鋭さ。それは、首に巻かれた防寒具だけの所為ではないはず。  前は独り、自問自答した。  今回は、待ってくれる人が居る。  ただひとつだけの違い。  だが、これ以上無いくらいに大きい。  吐息の白が澄んだ空気の中に溶けていく。  ここで隆司の実父である直行(なおゆき)に助けられ、怒鳴られ。そして、こんなに汚い自分を温かく一家で迎え入れてくれた。  直行と早苗(さなえ)が事故に遭い、隆司とはじまった家族ごっこ。偽りの関係を崩し新たな関係を築きだして、ちょうど二年。その間に隆司にいろいろ貰った。  無意識に握りしめる、左手。  言葉も、もらった。  たくさん。 『あんたは、あんたのままでいい』 『思慮深く完璧な、気を張った保護者は要らない。もう、頑張らなくていい』  下手に緊張したままだった自分に、肩の力を抜けと。独りではないから、と。何も持っていない自分でいいのだと、肯定して受け止めてくれた。  やさしく頬を包まれた。 『俺にだまされておけ』  自信の持てない自分を急かさず、待ってくれている。  両親の宝物を預けてくれた。  壁に阻まれ往生(おうじょう)している己に逃げ道を与えてくれ、そしてずっとそれに甘え続けている。  ──でも、もう、それでは駄目だ。  古い傷を痛み、悩む時間は疾(と)うに終わっている。  進まなければ。  前に。  自分のためにも、隆司のためにも。  ──でも、どうすれば……?  うっすらと明るくなり始めてきた周囲に、夜の帳(とばり)が剥がされていくことを知らされる。  再び見上げた月は徐々に明るくなり始めた中でも一層に一磨を笑い続けるだけで、手がかりすら示してくれない。  答えの出てこない漠然とした迷路に募らせる焦燥。  迷宮にはまり込んだ自分の前を、海向こうの厚い雪雲が無口で流れていく。  このままでは、いけない。  祈るようにして手を組んで思考に浸っていれば、ふと気付く着信音。  意識を戻され、表示された見慣れた名前に自然と緊張が緩む。  どう、したのだろう? 「は」 『遅い』  い? 「え?」  間、髪を容れずむしろ遮っての言葉に目を剥く。 『……あんた、今の時間を知らないとは言わせないぞ』  地を這うような低い声に、無意識に背筋を震わせるのは寒さだけではないはず。  腕時計を確認すれば、なるほど朝食の時間をとっくに過ぎていた。 『どこほっつき──海だな。いいか、そこで待ってろ。動くな』 「え? りゅぅ……じ?」  用件は伝えたとばかりに一方的に切られた携帯電話を片手に、一磨はそれを唖然と眺めた。

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