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「ぁ、……」
スン、と首筋に彼の息遣いを感じる。
指先がジクジクとするのを止められず、縋る先は己を囲う彼の腕に。
「聞いてやる」
「──え?」
揺るぎない声音に視線は背後へ。
だが、表情を窺うまではいかなくて。
「あんたが、あそこへ行った時はロクなことがない」
普段は寄り付きもしないクセに。
苦々しく吐き捨て、さらに引き寄せられる。
はじめは、己の身体と人生を投げ出しに。それと引き換えに一生の出会いを。
二度目は、現在は恋人……となった息子との関係に悩み。
三度目は──。
「……ねぇ、隆司は直行さんや早苗さんの事、覚えてるよね?」
「──ああ。おかしな夫婦だったと思うぞ。俺でも」
静かに切り出せば、後ろで少し居心地悪そうにするのが気配だけで解る。
彼らは実に賑やかだった。それこそ、息子である隆司も呆れるほどの。
ズバリと遠慮の欠片もない行動を取ったかと思えば、次の瞬間には何も言わず背を擦ってくれる。そんな強さとやさしさを兼ね備えた。
それに、どんなに自分が救われたか。
居場所のない、他人である自分が。
今さらに気づけば、一磨に気を使っているのか、隆司の口から彼の両親の事が出てくるのは少ないと思う。
「バレンタインの時は、笑っちゃったね」
思い出して笑いを含んだ一磨の首元に吐息が掛かる。
「……あぁ。くだらない事で揉めてやがったな」
当時、職場から帰宅した直行は愛妻の心込もったプレゼントを楽しみにしていた。それは、それは。
『あら、欲しかったの?』
事もなげに言い放った妻に彼は撃沈した。
『今年こそは、と思ったのに!』
『いいじゃないの。今年も、で』
毎年面倒くさいのよ。とは彼女の言い分。
付き合いだしてからの攻防である。何年越しかは、他人が知るところではない。
お菓子会社の政策でもいいから欲しい夫と、買いに行くのも手作りするのも面倒な妻。
『あんたら、よく飽きないな』
そんな夫婦へ冷静に口出しするのは、その二人の息子である。
ハラハラと先行きを眺めているのは、他人であるはずの一磨。
『じゃあ、一磨に貰う!』
『っえ?!』
何故か矛先が自分に向けられ、一磨は仰天した。
夫婦の問題にしろ、男女の問題にしろ、ナゼ自分がそこに出てくるのか。
『ちょっと!? 一磨を引き合いに出さないでくれない?』
もっともだ。
必死に頷こうとした一磨は、次の彼女の言葉に今まで以上に目を丸くした。
『それなら、私も欲しいわよ!』
『ぇえっ!?』
これまた一磨の驚きである。
一体、どうして収集つけたものかと一人息子を仰げば、彼は手を差し出していた。
『俺も』
しばらく固まった一磨は、どこからともなく早苗の出した板チョコで一家にシフォンケーキを作る羽目になった。
「…………」
くだらないという割には隆司も人の事は言えないのではないかと、一瞬頭を掠めた一磨だったが、賢明にも言葉にはしなかった。
「とっても楽しくって、ずっと居たい気になって」
隆司は何も言わず、自分を抱きしめてくれている。
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