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「なんだ、あんた?」
「──え?」
聞こえてきた濁声(だみごえ)に視線を上げる。
知らない内に恰幅(かっぷく)のいい男が近くに寄っていた。このアパートの住人だろうか。
「見ない顔だな」
言葉を切った男は遠慮の欠片もなく、一磨の顎を掴みその顔をしげしげと眺めた。
「放してください」
真っ昼間から漂う酒臭さとニコチン、無遠慮なその行為に顔を顰める。
「へぇーえ、上玉。あんた、あの女に似てるな──……待てよ?」
ギクリと身体を強張らせた一磨を知ってか知らずか、男は思案する。
「確か、一匹、ガキが居たなぁ」
噛みしめるようにして言葉を綴り、ニヤリと口角を上げた眼に獣を見る。
──知って、る。
もし、や……?
「──ぁ、」
「今さら、何だ? あの女がくたばって精々したってか? それとも、また抱かれに来たか? んン?」
扉に押さえつけられ、抵抗する両手を拘束される。足の間に汗臭い膝を入れられ、逃れを許されない。
「っ!」
ゾワリと総毛立つ。
同時に指先から血の気が失われて、急速に体温が奪われていく。
「いいオンナだったよ。お前のハハオヤ」
いい身体と金ズルだった。
残念だよ。
あぁ、お前の身体もいい味だったな、確か。
あのオンナの代わりに、これから存分に可愛がってやる。
楽しみだ。なぁ?
蒼白になった一磨の耳朶にネットリと舌を這わせ、悪魔は囁く。
竦(すく)んだ身体は言うことを聞かず、ただカタカタと意味もない震えを起こすのみ。
「オレのシルシは残ってるか?」
声もなく瞠目した一磨を嘲(あざけ)り、男は更に言葉を紡ぐ。
「あれを見て感じて、オレを思い出したか? 一人で弄(いじ)ったか?それとも、他の誰かと寝たか?」
疼く、腕の付け根と内股。
──そう。自分に消えない跡を刻み付けたのは、この男。
腕には傷を、内股には煙草の跡を。
何人もに囲まれて揉みくちゃにされながら奉仕を要求され、身動きできないまま笑いながら鋭い刃物を当てられた。名前も知らない恐ろしい器具で開脚のまま固定され、男のモノを銜え込まされつつ受けた焼かれるアツさ。
『こいつぁ、具合がいい』
過ぎ去ったはずの嘲笑が耳にこだまする。
音を立てて引く血の気。
不規則に波打つ視界。
景色が褪(あ)せる。
「──っぁ、」
目的を持って臀部を這う掌に、せり上がってくる吐き気。
引き戻される、現実。
「オンナとは一味違う、いい具合だったぜ。お前の身体」
これから、すぅぐ犯してやるよ。
「あのオンナもはじめは可愛かったぜ。なぁんにも知らないガキが落ちていく姿は最高だったなぁ。途中からあいつも乗り気で、他の男漁ってやがったがな」
晩年はあいつもガバガバ、金も食い尽くしてやった。
誰の種か解らないお前なんか生み落して。
バカなオンナだ。
お前の所にも行ったはずだ。金をせびられただろう。
卑下た笑いを浴びせつつ、素肌を這いまわる手。
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