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 ──すべて。  すべて。母も、自分も。狂わされたのか、この男によって。  働かない頭で認識した一磨は、眦(まなじり)を吊り上げて相手を睨んだ。 「いい目になったなぁ?」  人を舐めた語尾の長い言葉と細められた双眸に、押さえられない怒り。 「これ以上──」 「汚い手で触んな」  厳しく遮る言葉と共に男の拘束が解ける。 「…………りゅぅ、じ」  埃まみれの床に引き倒された男は隆司を仰いで驚きの表情を怪訝なものに替え、そしてニヤリと下品に口角を上げた。 「へぇーえ? 今の男かい。俺の仕込みは具合がいいだろ?」 「下衆野郎」  吐き捨てる隆司の眼光は鋭い。  斜め上から威圧を掛け、相手を見下す。  逆光も手伝い、男は息を飲む。 「目障りだ」  どのくらい、経ったのか。  男の姿は無くなり、残された一磨の元に隆司が腰を下ろした。  それによって、扉を背に自分が座り込んでいたことを知らされる。 「悪かった。あんたを一人に──」  パンッ。  差し出された手を──。 「……ぁ、……っご、ごめ、りゅ」  ──ナ、ゼ……?  自分の行動に戸惑いを隠せない。  大切な、人、なのに。  それさえも見失うのか。  眼を見開いたのは隆司も同じだったが、彼は一磨に何をする訳でもなく同じように座り込んで、急激に重くなりはじめた空を見上げた。  過去の遺物から抜け出せないまま止まらない不随意運動とともに、己の手を凝視して固まった一磨に聞こえるギリギリの声だった。 「──降るな」

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