56 / 63
11
「いいから、俺を見ろ」
存在意義さえも。
ガラガラと足元から、自分という者を構成する全てが音を立てて崩れていく。
舌打ちが耳を掠める。
「愛してる」
紡がれた言葉を理解するのに、時間が掛かった。
声も無く目を見開いた一磨に言い聞かせるよう、彼は続ける。
「あんたを見続けてる俺を信じろ」
隙間なく、引き寄せられる。
「あんたしか欲しくない。『自分らしく』俺の隣に居ろ」
あんたが俺に言った言葉だ。
視線はそのままに、屈んで額を合わせられる。
まるで、ソコからあたたかさを互いに分けるように。
一磨の不安を、分けるように。
隆司の強さを、分けるように。
「他のヤツのことなんか聞くな。自分が信じられないなら、俺を信用しろ。だまされたままいろ」
表情が抜け落ちたままの自分に続けられる。
「今までがどうだろうと、今、ここに居る、あんたを、見てる」
麻痺した一磨の乾いた胸に沁(し)みこませるように、ひとつひとつ区切られる言葉。
「っ、りゅうじ……解らない、よ」
このままの自分を、受け入れてくれるというのだろうか。何も持っていない自分を。
「くだらない事は考えるな。隣に居ろ」
真っ直ぐな眼差しに射抜かれる。
「理由が欲しいなら、俺のために生きろ」
意義を、くれる。
「居ても、いい、の……?」
隆司の隣に。
フッと。目を細められる。
「──ああ。」
流れた水は掌に返ることはないけれど。新たな滴を掬うため、ひとりで囲おうとしたダムは、ふたりの掌でも可能なのか。降り注ぐ総てを受け止めなくても、都合のいい様に選択してもいいのか。要らないところに留まらず、存在を容認してくれる、あたたかな場所に。
おずおずと伸ばした手で彼の背に縋る。
「それでいい」
瞼に落ちる口付けを受けつつ、甘えを誘われる。
そそのかすようにして梳かれる髪に、染み渡るやさしさ。
あんなに荒れ果てていた心は、隆司の言葉によって簡単に静けさを取り戻す。
不思議だ。
「冷えてるな」
雨とシャワーと思考に芯まで凍えた身体を示されて。
「っあ、ご、ごめん。──隆司?」
離れようとすれば、さらに強く引き寄せられ困惑する。
「一緒にあたたまるか」
見上げた顔は、イタズラを思いついた子供のようだった。
ともだちにシェアしよう!