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「……ん、」  はじめは、唇。  そそのかされるようにノックされ、薄く開いた途端に蹂躙される。  ──さらわれる。  絡められ、吸われて、食まれて、とける。  熱いシャワーを二人で浴び、それだけではない火照った身体を大きな掌で撫でられ、声を上げる。  強く絡められる指に、必死に縋る。  そして、瞼。  離れていく口付けに、不安定な視界で男を捜す。  ついで、眉間。  甘噛みされ、首をすくめる。 「ぁ……」  頬。  動物か何かのように鼻同士を擦り合わされ、そこにも。  耳朶を食まれ、舌を差し込まれる。 「……や、ぁっ」  緩くかぶりを振っても許しは得られず。 「……一磨」  低い声で媚薬を、吹き込まれる。 「愛してる」 「っぅじ……も、やめ……」  眼を閉じて、ジクジクと痺れる身体からは疾うに力が抜けている。 「放してやらない。おまえが、愛おしい」 「……っかった、からっ……おねがぃ……んン」  息も絶え絶えに縋って懇願する。  コレ以上囁かれたら、死んでしまう。 「一磨」  再び、唇。  グッショリと舌を絡められる。目を回して、ついに折れる膝。 「──本当だろうな」 「りゅぅ……」  銀糸を互いに引きながら静かにベッドに降ろされ、渋面の男を見上げる。 「『居ちゃいけない』ってお前が自分に言った時の、俺の気持ちなんか知らないだろ」  隆司の、気持ち。  快美感に酔って回転の遅い、煙った頭で反復する。  もしも、自分が彼の立場であったならば。  目の前の彼が、居なかったら。  ──何も、ない。  ぽっかりと空いた穴。  とてつもない、虚無感。  恐怖、だ。  己の身体を受け止めて居るはずのベッドの存在も一瞬で消え去り、真っ暗な奈落の底に蹴り落とされる様な。 「……ぁ、ご、ごめんな──」 「許さない」  青ざめた一磨の頬に指を這わせて、男は強く言い切る。  いつもだったら絶対に口にしないような睦言のオンパレードは、愛の囁きなだけではなく、先ほど一磨が自分に向けた言葉の意趣返しなのだと知らされる。  声音から、不機嫌を拾う。 「あんたが自分を軽んじる事は、たとえあんただろうが俺が許さない。あんただけじゃなく、『澤崎一磨』を選んだ俺にも大概失礼だ」 「……ご……う、うん」  再び謝罪を口にしようとして、でもどう反応すればいいのか解らず顎を引く。 「甘えろって言っても、無理なのは知ってる」 「……え、いっぱい甘えてるよ?」  何年にも渡って頼ってばかりだ。それこそ、彼の姓が芹沢であった頃から現在までも。とても年齢だとか、紙面上で親子だとかのレベルではないくらいに。  首を傾げれば、溜め息と共に髪を梳かれる。 「俺とあんたとの『甘え』は違いすぎる。それも知ってる。だから、話をしろ」 「はなし……?」  今もしている。一時、拗(こじ)れかけた親子関係に会話が少なくなった事もあったが、それだけだ。

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