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緩く頭を振った一磨に苦笑して、彼は続ける。
「今更だと腹わたが煮えたが、同時に怖かった」
「怖い?」
繰り返して首を傾げる。
端くれでも大人の男である自分から見ても、ガッシリとした体型の青年だ。それと、女である母との体格差を想像してみても、余りあるだろう。まあ、往年の彼女の姿かたちは全く覚えがないが、人づてに最期の状態を聞く限りではほぼ病に伏した状態だったらしい。
「俺との関係は、紙面上親子とはいえ他人。あんた達は血の繋がった親子。馬鹿な話だが、あんたを連れ去られやしないかと、本気で不安だった」
声もなく瞠目する。
まさか、隆司がそんなことを怖れていたとは、思ってもみなかった。
以前は自分が、同じ事で悩んでいた。直行と早苗と血の繋がりのある隆司と、クモの糸のような繋がりしかない自分達とを。
怖いものなどなさそうに振舞う隆司も、それだけ自分との関係が途切れるのを危惧してくれたのか。
「だが」
手を、取られる。
「あんたはあの部屋へ『行く』と言った。──『帰る』家はココだ」
海岸から戻り一緒に毛布に包まった、あの時のひとことを。
自分の知らぬ内の行動をひとつひとつ、拾ってくれる。
ていねいに。
「……っう、ん」
自分の戻る場所は、隆司の元。タダひとつだけ。
何度も、うなずく。壊れた人形か何かのように。
「だから、コレも要らない」
引き抜かれるシルバー。
大きな手の内に乗せられた物と、彼の真剣な表情とを交互に見比べる。
預けられた時を思い出す。大切な両親のモノを渡す理由。
それが、要らない?
彼らとの関係がなくなる、というのだろうか。
「……ぁ、りゅぅ、じ」
「返品は聞かない」
息をのむ一磨に、隆司は囁いた。
「親父とお袋が繋ぎとめていた家族から──『ごっこ』じゃない、俺と一磨だけの家族へ」
「っぅ、ぁりが、と……」
神聖なる儀式か何かのように、新たに通されるリングは鈍く光っていた。
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