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「……ねえ、聡志くん。何で隆司くんは、あんなに機嫌が悪そうなのかな? 学校で何かあった?」
そそくさと居間に戻り、ソファを背もたれに直に床に座り込んでいる聡志に耳打ちした。
「俺の知ってる限り、学校やその他周辺ではなんもなかったハズですよー」
隆司も聡志も同じクラスだ。その友人が心当たりないとすればやはり、眠ってしまい食事の支度も全くしていなかった自分が悪かったのかと落ち込んだ一磨に、これまた聡志が囁き返した。
「……たぶん、かずさんが考えてるようなことじゃあないっすよ」
「なに、そー、わっちょ、りゅ、隆司離して!」
「なにをコソコソと」
「わー、大魔神が降臨なすったー」
あははーと聡志は手を叩くが、一磨はそれどころではなかった。聡志に耳打ちをした時の格好のまま、隆司に軽々と持ち上げられたのだからたまったものではない。まるで猫か何かのようである。
「隆司、降ろして! いくら、そっちのほうが背が高いからってこれは嫌だ!」
父親としての威厳が! と叫び暴れる一磨に、そんなもんあったんですか? と聡志が茶々を入れる。
「……お前、また痩せただろう」
「知らないよ。量ってない。それに、お前じゃない!」
「ほお、夜食用に持っていった握り飯を半分に朝飯・昼飯抜きの人間がどうやって太る? ん?」
更に持ち上げられ、視線を合わされる。笑顔ではあるが、器用に片眉を上げた隆司が怖い。
「かずさん、愛っすよー」
「うぅっ、隆司はこの事で怒ってたんだ。心配掛けてごめんなさい」
父子というよりは、むしろ母親の様である。情けないにもほどがある。
「まあまあ、そう興奮したり落ち込んだりなさらず、お一つどうぞー」
やっと解放された一磨の前に聡志から液体入りのグラスを渡された。見覚えのあるパッケージである。
「……二人とも、これどこから持ってきたの?」
「ん? よく解りましたねー。かずさんのヒミツの隠し場所から拝借しました」
「なんで、こんな時間から晩酌してるんだよ。あぁ、もう。今日は聡志も泊まっていきなよ?」
「あら? なに、かずさん。夜のお誘い?」
「酔っ払った高校生が公共機関使ったり、自転車乗ったりするのが嫌なの。帰るのは抜けてからね。隆司もいつまでも怒ってないでよ」
「心配性だなー大丈夫っすよ、かずさん。出しただけで飲んでないから。隆司とでも晩酌してください。俺は帰りますから」
「聡志は何しに来たの? ご飯食べに来たんじゃなくて?」
「かずさん、テーブルの上よく見てくださいよ。俺のは用意されて無いでしょ。酷い親友っすよねー」
からからと笑う聡志に示されれば、なるほど二人分しか食事がない。
それではこれで、と帰りかける聡志を一磨は薄情な息子の代わりに玄関まで見送ってやる。
「そういえば、かずさん。さっき何か夢見てた? 寝ぼけて隆司の事、違う名前で呼んでたっすよー」
「あぁ、昔のね。久しぶりだったよ」
直行が出ていた事はぼんやり覚えている。
「ふーん……ここまで送ってくれる、やさしいかずさんの為に良いことを教えてあげますよー。内緒話だから耳貸してね。あのね、隆司が機嫌悪いのは……」
囁かれつつ腰を引かれ、聡志の唇が頬に当たり離れていくのは一瞬の出来事だった。呆然と固まったままの一磨を置いて、にっこりと笑って彼はごちそうさまーと片手を上げて扉を閉めた。
「……答えになってないんだけど。何だったんだ、あれ」
しばらく呆けていたが、害が無いからまあいいや。そう結論付けて、キッチンに向かうと息子の更に不機嫌になった顔が覗き、回れ右をしそうになった。
「お前、聡志に何かされたな?」
お前だなんて、なんて酷い! と泣き崩れる一磨に鋭い視線が浴びされる。
「とくに何もされてないよ? 内緒話しようとして、ここに口が当たっただけで」
直後、無言で一磨の頬をきつく摩る隆司に悲鳴を上げた。
「い、ったい、いたい! 離して隆司っ。何で怒ってるのか解らないけど、患者さんと同じだって!」
「は?」
珍しく、間抜けな返答をした隆司に詳しく説明をしてやった。
自分で動けない患者のベッド・車椅子間の移乗は、落とさないように密着して抱きかかえる。手が使える患者は腕に力を込めてしがみ付き、その時に口が顔や首に当たる。触れるだけではなく、痰などが付く事も多々ある。
「いただきます。そんなことより、隆司聞きたいんだけどさ。さっきから何で怒ってるの?」
『かずさんが隆司に直接聞くのが一番っすよ』そうあまりに当たり前のことを囁いたのは聡志だった。
するりと猫のように息子の腕から脱出するのに成功し、一磨はテーブルにつく。せっかくの料理が冷めてしまう。隆司が言ったとおり、夜食もそこそこに朝・昼と食事を摂っていなかったのだ。
それに習い、難しい顔をした隆司も席に着く。
なかなか口を開かない息子の言葉を一磨は気長に待った。
「……あんたにとって、直行はどんなやつだった?」
食事も半ばになり、隆司がぽつりと零した。
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