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──今度は、あんた、ね。そして実父は呼び捨て……。
半眼になりかけるが、もういいやと諦めて隆司を見上げた。そして、その表情にどきり、とする。
──その、あまりにも真剣な眼差しに。
反面、やはりと静かに納得する自分がいる。
昨日の朝に推察したように、六年前に亡くした両親の事を気にしているのだ。親代わりができなかった自分の未熟さを恥、同時に彼らに向き合う心の余裕と決意をした隆司を誇らしく思う。
息子の成長を喜びつつ、ぽっかりとした寂しさが徐々に胸から全身に染み渡っていく。歯がゆい事に、自分には何もしてやる事ができない。思い出を語るくらいだ。
彼との出会いは寒空の海岸、二度目は汚い診療所。
「そうだねぇ、直行さんに初めて会ったときには『こいつ、何様だ』と感じたよ。実際に口にもしたしね」
そう、かなり腹を立てたものだ。
懐かしい当時を振り返り、知らずひとりふわりと一磨は微笑んだ。それを隆司が苦い顔をしてみていた事に気づかずに。
「あんたが、か?」
「まあ、若かったしね。今の隆司と同じくらいか、それよりももうちょっと幼かったかな。次にあったときには、誤解も解けて。その後は隆司も知ってるように、俺がお宅にお邪魔して遊んだりしたね。さっき、久しぶりに直行さんと会ったときのこと、夢で見ちゃったよ」
隆司は一言も話さず、ずっと黙ったままだ。少し不安になったが、一磨は続けた。
「うーん。俺にとって、直行さんはお兄さんのような存在だったかな。隆司のお母さんの早苗(さなえ)さんはお姉さんかな。二人とも尊敬してる。こんな感じでいいの?」
出席日数も足りていたかどうかの高校へまじめに通い始め、少しでも直行達に近づきたいがために、まったく考えもしていなかった進学を視野に入れ勉学に励んだ。すぐに臨床に出て彼らと仕事をしたかった為、六年間通わなければならない医師の道ではなく、その半分の時間の三年間で学費も格安の看護師の道を選んだ。少しでも追いつきたかった。結局、同じ病院で同僚として働いたのは一年あったかどうかだったが。
どんな人間だったかではなく『あんたにとって』と微妙にニュアンスの違う質問に、いまいち答え方が解らないでいた。
それに、隆司も小学生のときまで両親と一緒に暮らしていたのだ。全く記憶が無いわけはないと思うのだが。
今まで黙って話を聞いていた隆司が不意に口を開いた。
「──俺は、あんたとは家族ごっこはできない」
「……うん。知ってる」
──知ってる。ずっと前から。
意外そうに眼を開いた隆司を少し不思議に思いながら、静かに言葉にした。
隆司の口からは初めての言葉だったが、薄々気づいていた。それを一生懸命知らない振りを続けていたかった。
しかし、それも限界だった。隆司もいつまでも子供ではないし、一磨も生きている限り、ずっと同じところにばかりとどまる事はできないから。
「ごめんね」
穏やかにその一言に、いくつもの意味を込めた。
いい親じゃなくて。
いい保護者になれなくて。
家族らしい事できなくて。
ちいさい頃から家族に憧れていた。親と呼べる母も傍に見えず、父親は誰か解らず。愛情を教えてくれた隆司とその両親に少しでも恩返しをしたくて。
母親が男にだらしなかったこともあり、自分には家族は作れない、むしろ作ってはいけないものだと思っていた。母親の行為の結果がこの自分自身なのだ。
「そんな言葉は要らない」
きっぱりと冷たく言われて、ではどうしろというのだ。
一磨には何も無い。直行と早苗との出会いから、隆司とのこの生活しているこの時間しか。
「──っ」
不意に、こぼれた雫。
一度決壊したものは、そう易々とは治まってくれなかった。
箸を置くのもそこそこに、自室に駆け込もうとした。
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