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「そっ……んむぅ、やっ、りゅぅっ」
高校時代バスケットで鍛えられた逞しい腕に捕まれたままの手を引かれ、ぶつかる様に唇を合わされた。ついで深くなっていくそれに、逃げ出そうとする舌も腰も強い力で封じ込められる。べつの生き物のように一磨の舌を追いかけて絡めとり、何度も角度を変えてのそれに一磨は眼を回して、隆司の肩口に力の入らない指を絡める事しかできない。待ってくれという声も、混乱した頭もすべてうやむやにされる。義父の威厳だとか、男同士だとか十歳の年の差も吹き飛ばされる。
「……も、ふっ……んぅ」
長い口付けがちいさな音をたてて終わりを告げ、糸を引く。
どうしようもない快感と酸欠も手伝って揺れる視界の先には、隆司の憮然とした顔があった。
「はっ、……急に、ど、したっの」
切れ切れの質問には答えず、力が抜けて──力が入らないといった方が適切かもしれないが──再びベッドの世話になっている一磨に彼は覆いかぶさった。
「何で、昨日居なかった?」
「ん?」
肩口に顔を埋めた隆司の声はこもっていたが、密着していたため容易に聞き取れた。
──なんだ、それは?
「な、にって、仕事しに」
行っていた。と言わせてもらえなかった。
「お前、勤務表では準夜・休みだっただろうが。どこから仕事になった」
「ああ、それ? スタッフに病欠が出たんだよ。さすがに熱発(ねっぱつ)してる人にあの過酷な勤務は無理だろうから、その準夜をもらった」
その連絡を一日目の準夜の前にもらった。他のスタッフにも連絡を入れた様だったが、捕まらなかったり、休日希望で遠方の勉強会で出勤できないなど師長も困り果てていたのだった。我が病棟は慢性的な人手不足だ。そして、白羽の矢が立った。
ちなみに医療者の示す熱発は体温三十八度以上、そのスタッフは四十度だったとの事。それでも交代勤務者がなければ彼女は解熱剤・痛み止めを内服して出勤するつもりだった。そこまで聞いて変わらないわけには行かなくなった。
「昨日、帰ってきた時の俺の気持ちが解るか?」
決められたアルバイトの仕事をさっさとこなし急いで帰宅してみれば、自宅に居るはずの恋人はおらず、本日も仕事に行ってくるとの書置きのみが残っていた。その虚しさを。
「うっ、ごめんなさい……で、でも、もともと休みの希望だしてあったのは今日だったし。ね?」
七年前の今日が隆司の両親の命日である。毎年その日に墓参りに二人で行くのが年中行事になっている。
自分でも解るほど、やや引きつった笑顔で顔を上げた隆司を見やれば、やはり不穏な気配を発している。
「おまえは……今日は覚悟しろよ」
「謹んで遠慮します」
堪ったものではないときっぱり断ると、彼の眉間の皺が更に増えた。
──うーん、我が息子ながら怒ると怖いな。
「おまえに拒否権は無い」
「ちょっ、それ横暴だっ。それに、心の準備って物が!」
「はあ? はじめてでもないくせに何だ。全部言ってやろうか? 一番初めは、ぼろっぼろに泣いて喚いて暴れて、でも結局」
「ばっ、ちっがう! そっちじゃない! 慎むってことを覚えて、お願いだから。この関係になってからはじめてだろ? 早苗(さなえ)さんと直行(なおゆき)さんの墓参りに二人でいくのっ」
とんでもない事を言い出す彼の口に両手を押し付け、言葉を遮る。ついでに焦ってやや早口になりながら、身体も顔も耳も熱を持って真っ赤な自覚がある。
明らかにどこかで日本の文化・慎み深さを習得し忘れてきた息子にどうしたものか、あたふたと慌てるしかできない。こんな事をして、今までの彼女たちから殴られなかったのだろうか?親は無くても子は育つと何かで聞いた気がするが、それだけではない事を身を持って実感した瞬間であった。
一磨は月命日には隆司の両親の元を訪ね、花を備えたり掃除をしたり線香をあげたりしているが、息子と共に訪れるのは一年に一回だけである。かといい、隆司も時々両親の所には顔を出しているらしかった。その証拠に、現在二人と同居している二匹の黒猫たちは隆司が墓参りをした際に着いてきたのだという。名をオスはクロ、メスはノリ。命名は隆司。はじめは二匹の猫も異論を唱えるよう喚き、さすがにそれはと一磨も言い掛けたが、隆司はしつこく呼び続けついに定着した。慣れとは恐ろしいものである。
「何を考える必要がある? 結果的に俺から手を出して、それまでそんなこと考えもしてなかったあんたが答えを出した。それだけだろ。俺は不幸ではないし、むしろそれなりに気に入っている。あんたはどうだ?」
「────え?」
明け透けな隆司の台詞に挙動不審になっていた一磨の動きがピタリと止まり、同時に表情は抜け落ちてこれ以上無いくらいに瞳は開かれる。
──今、隆司は何と言った?
「う、うそ……」
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