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『……もう少し、言いようはないのか』 『小学生の高学年にそんなもん求めるな』  語彙(ごい)がないのだ。仕方がない。  父親はやれやれといったように、軽く溜め息をついた。 『友達や恋人といったところか? 急にどうした』 『友達……は違う。恋人?』  もはや、息子が何を言いたいのかが解らず頭を捻っていた父親だったが、最後の言葉に反応した。 『なんだ、好きな子でもできたのか?』 『うーん……』  嬉々として食いついてくる父を放置して、隆司はいつの間にかソファで丸くなって眠りこけている一磨を見つめた。彼は本日、一泊二日の国家試験を終え帰ってきたところであった。疲れているのであろう。 『一磨のことでしょ。隆司が言っているのは』  食器を片付けながら母が口を挟む。  何だ、と肩を落としつつ父は拍子抜けしたようである。 『家族のようなものじゃないか』 『家族……は嫌だ。血縁関係を中心にする共同生活のことだろ。そんなんじゃなくてさ、ずっと一緒に居たいけど、そんなもんに縛られたくない。他の人には優しくしてもらいたくない。俺だけにして欲しい。それって恋人?』  子どもの独占欲だと笑い飛ばして良いかどうか、父は悩んだ。内容からして、少し不穏だ。我が息子がストーカーなどにならないように祈る。 『……ねえ、早苗さん』 『なあに? 直行さん。今気付いたの? とっくに知っていたのかと思ったのに』 『このままじゃ、一磨が危ない!』  どうしよう、とあたふたとあわて始めた父親に隆司とその母は呆れた。 『いーい? 隆司。この際、あんたのしあわせはどうでもいいけど、それよりも一磨のしあわせを優先するわ』 『そうだ』 『どうでもいいのかよ』  なんとも酷い両親である。 『そりゃそうよ。お腹痛めて産んだ自分の子どもより、かわいいもの』 『じゃあ、一磨がしあわせならいいんだよね』  にっこり微笑んだ隆司に、父親は引きつった顔をし母はきっぱりと言い切った。 『そうよ』 「……」  あの頃は、子どもながらに男同士だとか年齢差は気にしなくていいのかと突っ込みたかったが、それ以上に横に逸れていく話に脱力していった。  随分ずれた両親だった。  あれから視野の狭さを知らされ、家族という括りにも一言では表せない様々なものがあると教えられ、考えさせられた。  一磨の答えは一年前にはっきり耳にしている。一字一句、彼の表情、どれも漏らさずに記憶している。それは両親が出した条件のようなものにも充分に当てはまる。  今日か明日に墓参りに行っても祝福と嫉妬は受けるかもしれないが、間違っても激怒されはしまい。 「ん……」  寒いのか、めずらしく一磨が擦り寄ってくる。触れ合う肌は心地よい。  何度抱いても飽き足らない十年の恋を隆司はやさしく抱きしめた。

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