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内服確認

 ──おかしい。  飲んでいるカップの湯気の向こう側の顔色がいつもよりも悪い事に澤崎隆司(さわざきりゅうじ)は気がついていた。  自宅では普段から気の抜けたような表情をしていたが顔が、夕食ではいつも以上に腑抜けていた。  向かい側でソファに座ってぼーっとしている一磨(かずま)は、隆司から見れば義父にあたる。しかし、年齢も十歳ほどしか離れていなく相手の精神年齢もあまり高くないため、隆司的には恋人といった方がしっくりくるのだが、如何せん当の一磨が色々ぐだぐだと考え、深みにはまると長いのでそこら辺はあまり口にした事はない。  今朝、出勤していくときには特には問題なかった。だとしたら、職場で何かあったか。  彼は看護師をしており勤務先は病院。患者や家族だけでなく医師や他の看護師との人間関係にも頭を悩ませているらしい。男性看護師も徐々に増えてはいるが、それでもまだ女の職場であり、肩身が狭いのだと。  プライベートと仕事をしっかり分けたいのか不明であるが、いくら守秘義務があるからといっても、基本的に一磨は職場の話をしない。そのため、隆司が彼の職場を知る機会はほとんどない。怪我や病気をして病院へ行っても、一磨は病棟勤務のため入院でもしなければ仕事中の彼に会うことはできないのである。今のところ、そんなつもりはないが。  立ち上がった隆司は、一磨に近づいた。まだ、気が付かない。  湯気も立たなくなって、冷めたコーヒーが入ったままになっているカップを取り上げる。  やっと顔を上げた。小振りの頭をかしげる姿は小動物のようである。 「りゅうんンっ?」  きょとんと不思議そうにして、薄く開いている唇を塞ぐと面白いように反応が返ってくる。先ほど奪い取ったカップ内の量といい、口内の甘さといいコーヒーは全く摂取していなかったらしい。覆いかぶさるようにして口腔内を深く探ると、息が上がって苦しそうに眉を寄せる。震えている舌を絡め取って何度も角度を変える。放してはやらない。  力の抜けた指が縋るようにシャツに絡む。それでいい。もっと頼れ。  ソファに身体を預けきった一磨を見下ろす。濡れて光った唇が扇情的だ。 「……なん、ど、したの……?」  うるんだ眼で見上げられて、止められるわけがない。手は休み無く一磨の素肌を撫でる。 「明日、休みだろう」 「え……っまった、駄目! 明日、休みでも病院、行くの!」 「ぁあ? 今月はチーム会も病棟会も終わっただろうが。勉強会はあったとしても大体夕方からだろ」  月に一度、病棟の看護師・看護助手を集めての部署会議と、3チームに分かれて病棟の患者を看ているがその各チームの会議、そして各チームリーダが集まる会議がある。それは夕方に行われ、準夜勤務者以外は夜勤明けであろうと深夜入りであろうと休みであろうと強制参加である。それ以外に、時々業者の勉強会や看護研究、組合などの集まりで本当の休日はあまりない。  何か文句はあるかと、大きく見開かれた瞳を覗き込む。  腕の中の身体はちいさく震えるが、それでも突っぱねようと試みている。 「と、とにかく、しばらくは駄目!」 「……どういうことだ。聞いてやる」 「訳は……言うから、もう少し、まってよ。ね? っねがい……」  後半からは困ったように眉を下げて、先程とは違う意味で眼からしずくが零れ落ちそうである。訳がわからない上にその理由を話さないと来ている。  どうしろと言うのだ。いや、何もするなか? 「……めんな、さい。ごめん……」  こいつは本当に自分よりも十も上なのかと時々疑問になるほど子どもっぽいところがある。職場で気を張っているせいか、普段は突くとほろりと今にも崩れてしまいそうだ。その危うさは嫌いではなく、むしろ好いている部分ではあるが、手の打ちようもないのも事実。  「おまえ、俺を聖人か何かだと思っているのか? 二十歳前の男の性欲を甘く見るな」  軽い溜め息を吐いての言葉に、一磨は息を飲む。不安そうに歪んだ口は、再びちいさく謝罪の言葉を紡ぐ。縋りついた手、身体全体も震えて顔も青白い。  前回、身体を重ねたときは特別特殊なことはしなかった。相手の意識が朦朧とするほど抱き潰した感はあったが。それも普段と言えば普段の事である。  ──では、なんだ。 「何処までだ」 「え? ふぐっ」  いつまでも子どものように潤んで今にも決壊しそうな眼の一磨の鼻をつねる。  キスと接触までは可能だったのだ。身体をつなげる事がいけないのか?それならそれで、他にもある。 「え、えっと……」  顔も耳も真っ赤になって視線を彷徨わせる。ソファへ押し付けている身体を何とか起こそうと無駄な努力をし、それも無理だとやっと悟ったあと、微かに囁かれた。 「ぃ、い、いっしょに、ねて……?」 「……」  むろん、やつの示すのはベッドで一緒に朝までぐっすりと眠ろう、である。  眠るにはかなり早い時間であったが、シャワーを浴びて服を替えて二人で一磨の部屋のベッドに納まっていた。広くは無いが、二人で寝るのにはそこそこの広さである。ましてや、初めてではない。

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