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「検査も医師の診察もしたんだろ」
「うん、でも直後は結果に反映されないことも多いから、半年後と一年後の結果で最終的な判断がされる」
それで、期限は半年か。
感染経路は血液とのこと。
保因者である可能性も捨てきれない一磨は、同性同士の性交渉で隆司に感染することを恐れたのだ。
自分本人が感染しているかもしれない恐れと、もし感染していて移してしまったらと二つのことで思い悩んでいたのだ。
「それで、どこでどうして別れ話になる」
「だって、結果が出る間は、その……できない、よ?」
「セック……もご」
「は、恥ずかしいこと言うな!」
代わりに言ってやろうとしたら、口を塞がれ怒られた。
「悪いな。期待に添えない」
言葉を塞いだ両手を外しながら、相手を見つめつつそれを舐める。
びくつくヤツの反応を楽しむ。
目の前にある唇を啄ばむ。抵抗をみせる舌も全て絡め取る。
出会って二年で自覚して、何年待ったと思う?
今更離してやるわけがない。
自分が執念深いのは自覚している。ついでに、嫉妬深いのも。
何人も女もそれこそ男も抱いたが、やはりこいつが一番しっくりくる。
初めは嫌がって突っぱねていた腕も、次第に力が抜けてすがり付く。
眼前の顔は目元を朱に染めて荒く熱い吐息を切れ切れに吐く。
この閉じられた瞳は今、些細な考えも忘れて欲望に濡れている事を祈る。
その願いと共に口腔内を少々乱暴に蹂躙する。
もしも、の検査の結果は変えることができずとも、こいつの不安を一つでも別のもので埋めることができるなら──。
いつもどこかに崩れそうな、言いようの無い脆さを感じる一磨。
原因は解らない。
幼い頃から虐げられてきたということも関係しているであろう。
知りたい事柄ではあるが、それは確実に彼の傷をえぐる。本人が表面に出したくないことを、強制的に引っ張り出すことにそれほどの利点はあるのか。
自身のエゴを極力、一磨に押し付ける事はしたくない。自分が居た事で、彼にはかなりの規制を課してしまったのも事実である。
「……ん」
てらてらと濡れた唇が扇情的だ。
すぐに押し倒したい衝動に駆られながらも、力の抜け切った腰を支えて、隆司は彼の耳元で低く囁いた。
「一度しか言わないからしっかり聞け」
水分の多くなった瞳がとろんと、どこか夢見心地でゆっくりと見返す。
「他の奴は要らない。一磨、あんたしか欲しくない。だから、──待ってやるよ」
言葉も無く大きく開かれた瞳から、内容を理解した事を確認する。
もしも、一磨が感染症を持っていたとして、行為によって自分に移ったとしても隆司は受け止める気でいる。
たとえ、人生が短くなったとしても。
自分には、彼が居ない生活など、考えられはしない。
しかし一磨はソレを自分自身に対して一生許しはしないだろう。
そんな生涯の傷を彼に負わせるほどのリスクを隆司は望んでいない。
自分の一時の熱か、彼の一生の傷か。
隆司の選択は決まりだ。
「半年。一年は無理だ。検査結果が出たら、真っ先に俺に知らせろ、いいな」
ちいさくだが、頷きで返事が返ってくる。
「あんたは、もう少し自覚を持て」
「なん、の……?」
彼の頬を撫でて輪郭を確かめる。ここ数日でゲッソリとやつれたようだ。
それだけ本気で頭を悩ませてくれたのだろうが、自分にはこの不器用な恋人の心や身体の方が断然優先順位が高い。
「俺はあんたに惚れてる。それくらいじゃ、離れてやらないくらいにな。覚悟しろ」
「……かく、ご?」
息を飲んだ一磨に隆司は悪戯っ子のように、微笑む。
「検査結果が出たら、あんたを抱き潰してやるよ」
「……もし、結果が……わる、かったら?」
「たかがそれだけのことで、あんたのこと離してやるかよ」
「……っなに、それ……変なの」
結局変わらないのではないかと、眉を寄せた一磨の眉間をほぐす。
「だから、力を抜け。ゆっくり息をしろ。あんたは、あんたのままでいい」
はじめて一磨に会ったときは整った造作の顔だと思った。それに不似合いな哀愁と色気を乗せて。
二年目、専門学生になり授業だけでなく実習で患者の事で悩んでいたこの顔は、自分だけのモノにしたいと強く願った。それと同時に彼からは友人の子どもというカテゴリーにしかならない自分の立場に苛立ちを覚えた。
四年目に両親の事故。隆司も同乗していたが、当時の記憶はあまり無い。一磨にはそれがとても不憫に映ったらしい。通夜も葬儀も四十九日も終わった所で、部屋に篭り一人声を押し殺して涙していた一磨の姿が親不孝な自分にはよほど印象的だった。
それから六年に渡る、偽りの家族のはじまり。
家族ごっこの終止符を隆司が打ったのが昨年。
戸籍上は変化無いが、一磨の認識がただの親子から徐々に変化してきたのが、やっとこの頃。
今までの経過を見れば、半年は短い。
彼を欲しいという欲求は間違いなくある。しかし、待つ気はある。
「……ごめん、ね?」
「あんたは悪くない、謝るな」
俯き加減で、後から後から零れる涙の元を拭ってやる。
自分にしがみ付いてくる、とても十歳年上とは思えない恋人を抱きしめ、隆司はやさしく背中をさすってやった。
彼の幸いが続くようにと願いながら。
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