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そう。自分と隆司は十歳離れている。
兄弟としても年齢が離れているし似ていない。
友人としてもやっぱり少し年齢が離れているしタイプが違う。
かといって、親子だというには年齢が近すぎる。
世間の人間から見ると、この二人の関係は何ぞや?という結論になるのだろう。
さて、どう答えようか。
一磨は悩んだ。一回限りならば適当な事を言っても、ある程度平気なのだが、如何せんここで隆司は馴染みの客として来店しているらしい。下手な事は言えない。
「えっと、んむっ……」
背後から伸びてきた掌によって、一磨の口は塞がれた。
「いらねーこと、喋んな」
「むぐぅうー」
カウンターの向こうでは、おやおやと店員が目を丸くしている。
「行くぞ」
「……っは、え? ちょ、ちょっと待ってよ」
せっかく注いでくれたお茶がまだ残っているのに。
さっさと会計を済ませ、店を出て行こうとする息子に一磨は焦った。
自分もすぐに仕度をして彼の背に続こうとして、ふと思い立って先ほどの店員を振り返った。
「これからも、皆さん、隆司と仲良くしてあげてください。ご馳走さまでした」
微笑んでぺこりと頭を下げて、店先でイライラと待っている隆司の元へ急いだ。
「みんな優しいね。美味しかったね」
眠さも忘れて、ホコホコといい気分になっていると、急に強い力で腕を引かれた。
すぐ脇を抜けるダンプカー。
「あ、ありがと」
気づかなかった自分の迂闊さが嫌になる。
「子供みたいだな、あんた」
「俺、お父さんなんだけど……」
「──何て答えようとした? さっき」
店のおばちゃんへの返答のことだろう。
友達同士に見えても、親戚か何かに見えても、親子でも、家族でも、恋人でも。
「大切な人だよって」
「……口、塞いで正解だった」
溜め息を吐いた彼の耳が若干ほんのりと染まっている様に見えるのは気のせいか。
再び確認しようとする前に、ずんずんと足を速められてしまい、結局は解らずじまいだった。
「ほら、そっちも貸せ」
「う、ん? もう、重い方持ってもらってるよ?」
調味料が入った袋を持ってくれているのだ。それ以上は求めていない。
一通り買い物を済ませ、空いた方の手を差し出す隆司に、一磨は困惑した。
今日は一体、何の日だ?
勤労感謝の日でも、誕生日でも、正月でも何でもない。
理由が解らず頭を悩ませていると、声を掛けられた。
「あら、澤崎さん」
「え? あ、こんにちは、お久しぶりです」
前に入院していた患者の家族だった。
確か退院後は自宅へ戻ったのだ。本人と家族の強い希望で、施設入所ではなく自宅へ戻り開業医の往診を頼む方向へと。
寝たきりで身体の向きも、溜まる痰を出すことも自分で出来ない人だったので、在宅へ戻るにあたり看護師からオムツ交換、着替えの仕方、身体の拭き方、向きの変え方、痰の取り方を指導し、毎日来棟してくれた家族は一生懸命覚えてくれた。
「エイジさん、お加減いかがですか?」
「それが先日……一昨日が初七日でした」
「──そうでしたか。お悪うございました」
口から食事が取れなかったため、胃に穴を開け毎食注入食だった。意識はあったし、喋れたので『ありがとう』と大声で言ってくれたものだ。
「やれることをやれて、看取ることができてよかったと母は言っていました。皆さんのお陰です。ありがとございます」
「ご家族の協力があってのことですよ」
深々と頭を下げられて、恐縮してしまう。
その後、いくつか言葉を交わしてお嫁さんとの会話を終わらせた一磨は近くに隆司の存在がないとこに気づいた。
「遅くなってごめんね。重いでしょ? 荷物持つの代わるよ?」
少し離れたベンチに座っていた息子を発見して、一磨は声を掛けたが、差し出した手に袋を渡されることはなかった。
「どうしたの?」
「帰るぞ」
「あ、うん」
疲れたのか、口数の少なくなった息子を心配しつつ、前を歩く彼に置いて行かれないように一磨は急いだ。
「今日はありがとね。荷物持ってもらって、助かったよ」
無事に買い物が済み自宅に戻ってお茶を渡すと、やはり先ほどから消えない眉間のしわが深くなった。
何故か溜め息を吐かれ、コップを渡した手を引かれる。
「隆司?」
そのまま腰を引き寄せられ、背後から抱きしめられる。
「あ、あの……?」
彼の表情が、考えが解らない。
首筋に感じる吐息。
「届かないな」
「……うん?」
「あんたとの距離」
疑問符を張り付けている一磨に彼はポツリと溢した。
今、密着しているのは、一体?
「俺はまだ、あんたに並べても居ない」
精神的にも社会的にも。
そこまで言葉にされて、やっと言わんとしていることに気づいた。
「そんなすぐに追い抜かれたら、困るよ」
十も離れているのに。
年齢の割には大人な隆司に必要なのは、たぶん経験。
ゆっくり、じっくりと成長してくれればいい。
難しいかもしれないが、焦らずに。
彼らしく。
囲まれた腕を軽く押し返すようにして、身をよじり向きを変える。
「大丈夫だよ」
だいじょうぶ。
なだめるように。
めずらしく、自ら触れた相手の唇。
サラリとした感触に今さらながらに、目元を染めた。
瞬間、一磨は息も出来ないほどキツク抱きしめられた。
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