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第2話
あの日も、そうして一人遅くまで残って書類作成をこなしていた。
「野上セーンセ。」当然、下校時刻はとっくに過ぎているはずの時間に、蓮が職員室に顔を出した。
「あ? おまえ、何やってんだ。こんな時間まで。」
「社会科準備室でこっそり昼寝してたら、こんな時間になってたんだよ。僕もびっくり。これ、返しに来た。準備室の鍵。」そう言いながら、蓮はキーボックスの所定の位置に鍵をひっかけた。
「そういや青山、おまえ、進学しないんだって?」
「うん、しない。」
蓮は成績も素行も大きな問題はなかったから、学校側は進学を勧めているのだが、本人は頑なに拒否していると聞いていた。
「どうしてもやりたい仕事でもあるのか?」
「ない。ていうか、就職もしない。」
「え、じゃあ、卒業したらどうするんだ?」
「卒業、しない。どうせできない。」
「は?」俺は慌てて青山の個人ファイルを探した。成績に問題ないと言うのは俺の記憶違いで、留年も危ぶまれる成績だったか。だが、書類の山からようやく発掘した成績表を見る限りでは、やはりそんなことはなかった。むしろ優秀なほうだ。
ポカンと蓮の顔を見ていると、彼はすっと俺の脇に寄ってきた。俺は慌ててファイルを閉じる。
「なんで隠すの。僕のでしょ、それ。」
「期末の成績通知をする時までは見せちゃいけないんだよ。」
「ふーん。何書いてあんの。」
「出席状況とか、テスト結果とか。」
「身長体重とか。」
「それは保健関係書類だから別管理だな。」
「ややこしいんだね。」
「まったく、ややこしいよ。」俺は思わず本音を漏らした。
「ははっ。」蓮は笑って、それから突然、俺の眼鏡を取り上げた。
「な、何するんだよっ。」
蓮は腰を少し曲げて視線を低くし、椅子に座っている俺の顔を、覗き込むようにした。「見えない?」
「見えるよ、この距離なら。」
「野上先生、眼鏡ないほうが格好いいよ。若く見える。同い年みたい。」
「だから、かけてるんだよ。」俺は自分の童顔を恨んでいた。「返せ。」
「チューしてくれたら返す。」
「はあ?」
「キスだよ。したことないの?」
「バカ言ってないで返せ。」
蓮は眼鏡のつるを持ってぷらぷらさせた。俺がそれを奪い返そうと手を伸ばした隙に。
俺の唇に、蓮の唇が重ねられた。
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