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第3話

「へへ、いただき。」 「お、おまえ!」 「そこにさ、追加しておいてよ、僕情報。男が好きで、好みのタイプは野上先生って。あ、そういうのって保健関係の情報に入るのかな?」  蓮が口にしたことに俺は言葉を失った。当の蓮はいつも通りのほほんと笑っている。 「そうだ、眼鏡ね。はい、どうぞ。」蓮は俺に眼鏡を返すと、さっと身を翻し、職員室を出て行った。  俺は茫然として、職員室の戸を見つめ、無意識のうちに唇に指を当てていた。  好みのタイプは野上先生。  蓮の台詞と、乾燥して少しかさついた蓮の唇を思い出すと、カッと顔が火照った。  俺の。  俺の好みは、華奢な肩をした、屈託なく笑う――少年。  そう、ちょうど、蓮のような。  だから、からかわれているのだと思った。いつからだ? いつから、そうと知られていた? 四面楚歌の状況で、一人だけ笑いかけてくれる生徒。好きにならないはずがない。それも、好みのど真ん中の容貌(みてくれ)をして。  同性愛者で、それも若い男の子が好きで。そんな野郎が教壇に立っていると知れたら、世間は俺を決して許さない。でも、邪な気持ちで教師になったわけじゃない。両親とも教師で、俺にもそうなってほしいと願っているのが分かってたから、そうしただけだ。まともな恋愛もできない息子としての、せめてもの贖罪だ。そんな疾しさを抱えてなった職業ではあったけれど、生徒に手を出す気なんか毛頭なかった。それだけは神に誓って言える。それなのに、蓮は必死で隠していた俺の秘密の扉を、こうも簡単にこじあけてしまった。  その数日後。その日もまた、俺は1人、職員室で残務をこなしていた。自分のデスク周りだけしか明かりもつけていない、薄暗い職員室。それでも外から見れば、校舎の中で唯一明かりが灯されているであろう時間になっていた。終電も逃していたが、タクシー代を負担してもらえるはずもない。駅前のカプセルホテルにでも泊まるかと頭の中で算段しながら、とにかく切りの良いところまで片付けようと作業していた。  しんと静まり返っている中で、ガラリと職員室の引き戸が開けられて、俺は飛び上がるほど驚いた。 「こんばんは。」薄暗い部屋に場違いな、元気の良い声。蓮だった。ホッとすると同時に、こんな時間に何故彼が来たのかが気になった。 「どうした。」 「悪い人に追いかけられたので、学校に逃げ込みました。」 「その割には落ち着いているな。」

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