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第4話

「そういう理由だったら、許してもらえるかなあと思って。」蓮は当たり前のように中まで入ってきて、俺の隣の先生の椅子に勝手に座った。「はいこれ、差し入れ。」と、コンビニ袋を突き出す。 「夜中だぞ。」 「そうだよ。先生も帰りなよ。体壊しちゃうよ。」 「とりあえず、これは受け取っておく。いくらだ?」袋にはおにぎりとドーナツが入っていた。 「差し入れだってば。」 「生徒からもらうわけにはいかない。」 「じゃあ、チューして。それでチャラってことで。」蓮は椅子に座ったまま軽く床を蹴る。キャスター付きの椅子はスルスルと動いて、俺の椅子に軽くぶつかった。至近距離に蓮の顔。 「やめろ。」俺は蓮の胸を軽く押した。それだけで再び椅子はバックした。 「どうして? 誰もいないし、いいじゃん。」 「外は暗くて、ここは明かりがついてる。こっちからは真っ暗に見えるけど、外に誰かいたら、見られるぞ。」 「ああ。」蓮は窓を見た。この頃から「オープンな職員室」というのが流行しだして、廊下側も校庭側も、妙に大きな窓ガラスが使われていた。俺が生徒だった頃はもっと閉鎖的だった。卒業後に改築されて、こうなった。滑りのいいキャスター付きの椅子も、おそらくその時に一新されたんだろう。  蓮がふいに立ち上がる。そうかと思うと、俺の手を握り、引っ張った。ふりほどかないのは勇気がないせいじゃなくて、「邪険に扱って、生徒を傷つけたらいけないから」という言い訳を自分にした。蓮は職員室を出て、暗い廊下のつきあたりまでやってきた。そこは非常灯しかなくて、こんなに近くにいてもお互いの顔すらろくに見えない。  蓮はやっと手を離したが、その時にはもう、俺を壁に押し付けて、両手で俺の顔を取り囲んでいた。 「誰にも見られないなら、いいんだろ?」暗さに目が慣れて、蓮がいつものような朗らかな笑顔じゃないことが分かったと同時に、これもまたいつもとは違う男っぽい低音の声で、そんなことを言ってきた。俺が言い返せない内に、再び蓮の唇が俺のそれに重なってきた。今日はリップクリームでも使ったのか、かさついてはいない。この前よりは長かったが、唇を重ねるだけのキスだった。 「これでおにぎり代はチャラか?」と俺は言った。 「ドーナツ分が残ってる。ドーナツのほうが高かった。」 「払うよ。」俺は蓮の顎をつかむ。「少し口開けて、ベロ出せ。」 「……。」蓮は言う通りにした。  俺は蓮に口づけた。こいつがまだ経験していない、大人のキスをした。

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