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第6話

 暗ーい、と蓮が表現した道は、確かに左右の街路樹が影を作ってはいたが、その影を作っているのも洒落たデザインの街灯があるおかげであり、言うほど暗くはなかった。これも俺が知っていた頃とは違う。あの頃は、細切れの住宅が雑然と建っている隙間の路地で、実際もっと暗かったはずだ。 「ここ。」蓮が数年前に建てられた分譲マンションを指した。これができたおかげで、道も整備されたのだ。 「ここまで来ればいいだろ。自転車はどこに?」 「部屋まで来てよ。」  蓮は俺の返事も聞かずに、エントランスで部屋番号を入力している。そして、そのまま振り向きもしないで入っていくから、着いていくほかなかった。 「なあ、まずいんだって。俺の立場も考えろよ。」エレベーターの中で、俺は情けない声を出した。 「残業して帰ろうとしたら、夜中にふらふらしている生徒を見かけたから、保護して、家まで送り届けた。何の問題もない。」  的を射た「言い訳」を差し出されて、俺はまたも言い返せなくなる。  蓮の部屋に入る。3人で暮らすにしては、狭い気がした。 「適当に座って。そのへんのものは、どかしていいから。」そう言って蓮は缶ビールを出してきた。「残業、お疲れ様。」  蓮の言う通り、何かをどかさないことには、座る場所もなかった。雑誌。ゲーム機。服。コンビニ弁当の空き容器。そういったものが、ソファにも、床にも散乱していた。 「お母さん、いつから旅行に行ってるんだ? いつ帰ってくるんだ?」その惨状を見て、そう聞かずにはいられなかった。 「いなくなったのは3ヶ月位前かな。いつ帰ってくるかは分からない。」 「え?」 「男作って、どこか行っちゃった。父親は前からいない。金だけは振り込んでくれてるはずだけど、母親経由だからよく知らない。」 「じゃあ、おまえ、一人で、ここに?」 「うん。」蓮は慣れた手つきで缶ビールを開けた。 「あ、青山、それ、酒。」 「まあまあ、そう堅いこと言わないで。」蓮は笑った。 「言うよ、曲がりなりにも、担任だぞ。おまえらはバカにしてるだろうけどな。」  蓮の動きが止まる。俺の顔を睨みつけるようにした。「僕はしてない。」  そうだ。蓮だけは。こいつだけは、最初から笑顔で、慕ってくれて。蓮がいたから、その笑顔を支えにして、頑張れた。 「さっきの本気だよ。僕は、先生のことが好き。ずっと1人で頑張ってるのだって知ってる。」

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