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第7話

「青山、何か勘違いしてるよ。俺、人に好かれるようなツラしてないし、バカにされてもしょうがないヘタレだし。俺なんか全然。」言いながら、泣きたくなってきた。  いや、俺は泣いていたんだ。目の前に置かれた缶ビールには手も付けてないのに、酔ってるかのように、急に感情の制御が効かなくなった。  教師になって、事情はどうであれ、担任を持たせてもらえることになった時は嬉しかった。やっと認めてもらえた気がして。でも、現実は違ってた。待っていたのは、非常勤の時より一層強い圧力。叱責。罵倒。永遠に終わらない事務仕事と戦いながら、明日の授業の準備をする。こんな状態で、授業の質だのクラス運営だの、とやかく言われたくないと、何度教室で叫びだしそうになったことか。  それでも辞めなかったのは、聖職者としてのプライドなんかじゃない、そんなものは初めからなかった。ただ1人、俺に笑いかけてくれる奴がいたからだ。 「蓮。」頭の中ではそんなことばかりが渦まいていたが、実際に声になったのは、その名前だけだった。その名を呼ぶと、涙も止まった。「ごめん。みっともないな。」 「初めてだね、名前で呼んでくれるの。」蓮はソファに積み上がっていた雑誌をどかして、するりと俺の隣に座った。「他の奴のことは下の名前で呼ぶのに、僕だけずっと青山って。」 「それはおまえが出席番号1番で、いつも最初に呼ぶから呼び慣れてて。」蓮は俺にもたれかかり、頬を肩に載せてきた。「なんて……本当はそうじゃない。」俺がそう続けると、蓮は俺を見上げた。誘うような半開きの唇に、俺は口づけた。「蓮。」もう一度その名を呼ぶ。「こんな風に呼んだら、気持ちが止められないって。」そう分かってたから。後半は声にならなかった。 「止めなくていいよ。止めないでよ。」  俺は蓮の肩を抱く。蓮の手が俺の背中に回される。  再び、深いキスをする。蓮もそれに応えて、何度もキスをした。蓮の頬は赤みを帯びて、目は潤んで、その先の段階に進むことを期待しているのは、見れば分かった。  だが、最後の最後に、俺はなんとか自分を抑制した。「でも、今はダメだ。卒業するまで。」 「嫌だ。」蓮の腕の力が強くなる。「言っただろ、僕、卒業しないから。」

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