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第8話

「なんでだよ。留年する成績でもないだろう?」 「もう、時間がないんだ。」 「何が。」 「今日が最後かもしれない。」 「何の話をしてるんだ。」 「お願い、先生。」強い力で抱きつく蓮を、でも、俺は押しのけた。 「だめだ。」俺はソファに座り直し、頭を抱えた。「俺のためだし、おまえのためだ。今は、無理なんだよ。分かるだろ?」  蓮は心底傷ついた顔をした。一番そんな顔をさせたくない相手だった。けれど、こうする以外にどんな方法があったというのか。 「……先生、僕が好き?」  今更の質問に俺は頷いた。「好きだよ。」 「いつから? いつから好きになってくれた?」 「初めて会った時からだよ。」 「生徒として、じゃないんだよね?」 「……そう、だよ。だから、困る。今は。」  蓮は床に膝をつき、まるでプロポーズをする騎士のように俺の手を取り、その甲にキスをして、俺を見上げた。「本当に待っててくれる?」 「ああ。卒業まで、あと半年もない。すぐだ。」  蓮は淋しそうに笑った。「もっとずっと待たせちゃうかもしれない。それでも、待っててくれる?」  俺は分からなかった。卒業しない、と言い続け、そのくせ、その理由を頑なに口を閉ざす蓮の真意が。だが、笑みの消えた蓮の顔をもう見たくない、それだけの身勝手さで、「待つよ。」と答えた。  しかし、それ以上の自制ができる自信はなく、俺は蓮を置いて部屋を出た。自転車を借りて、予告通りにカプセルホテルに泊まった。  翌朝、ホテルのロビーにあった朝刊を何の気なしに読んだ。無論、通り魔事件の記事などはない。そこにあったのは、現役の代議士の収賄容疑事件の記事だった。付随して愛人疑惑のことも書かれていた。それを目にしたと同時に、学校から電話があり、緊急の職員会議に招集された。  教頭からあらましを聞き、そこで俺は、蓮が記事の代議士が愛人に生ませた子だということを知った。更に、この記事に書かれた内容は、新しい愛人にその座を奪われた蓮の母親が、マスコミにリークしたらしいこと、当の母親も新しい男を作って出奔し、連絡が取れないこと、蓮の学費は前期分までしか納入されておらず、今月末までに後期分の納入がなければ自動的に退学になること、そして、おそらくそうなるであろうということ……。

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