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30 陸side

あれから三ヶ月が過ぎた。 先輩は本当にあのことを忘れたかのように俺に接する。 自分で忘れて下さいと言っておきながら、忘れられていないのは自分の方だ。 情けない自分が嫌になる。 『いらっしゃいませ!!』 『あの、予約してたんですけど…』 『お名前は?』 『羽野です。』 『お待ちしておりました。担当平岡でよろしかったでしょうか?』 『はい。』 かなり美人なその女性は先輩を見つけるなり少し恥ずかしそうに手を振った。 それに応える先輩に少し胸が痛む。 なんだろう… いつもの先輩ファンの女性達とは違うこの感じ。 俺の胸はざわついた。 シャンプーを終えた女性は先輩が待つ椅子へと腰掛ける。 鏡越しに楽しそうに話をする二人はまるで恋人のようだ。 悔しいけれどお似合いで、見ているのも辛くなる。 今日は俺の指名客は少なく、割と手が空いていたので、みんなのアシスタントに回る。 カラーリングをしたり、床を掃いたり… 『シャンプーお願いしまーす!!』 声がかかりシャンプー台に行くと羽野様が座っていた。 『倒しますね。』 そう言いながらシャンプー台を倒す。 嫌でも話をしないといけないのが美容師の仕事だ。 『痒いところはございませんか?』 『はい。』 『こちらの美容室は初めてですか?』 『そうなんです。』 『ネットか何かを見ていらしたとか?』 『いえ、知り合いが働いているので。』 『平岡…ですか?』 『はい…平岡は私の彼氏なんで。』 その一言を聞いて絶句した。 聞きたくない事実を聞いてしまった。 お似合いだなんて…バカみたい。 付き合ってたのか… そりゃあんな風に楽しそうにもするわけだ。 半分ヤケクソに頭の中で整理する。 この人は平岡さんの彼女。 俺のこと忘れられないなんて言いながらコレだ。 やっぱりあの時あぁ言って人違いを通して正解だったんだ。 先輩は遊び人。 わかりきってたことだろう? あなたも捨てられないように気をつけて。そんな言葉も口から飛び出してしまいそうで、俺は慌てて飲み込んだ。 焦っている自分がいる。 シャンプーをしている手が震えて… ダメだ。もう限界。 そう思うなり、 『すみません!!ヘルプお願いします!!』 そう叫んで新人のアシスタントにそこを任せると俺はロッカールームへと駆け込んだ。 こんなに苦しい思いをしたのはいつ以来だ? 高校生の時、先輩に転校を告げたのに何も言われずあっさりと捨てられた時か? いいや、それ以上苦しい。 あの頃よりも先輩を好きになっている… そう…気付いてしまった。 俺は、あの頃よりも先輩が好き。 大好きなのだ。 でももう先輩には彼女がいて… やはりあの時、俺も忘れられなかったと言うべきだったのかな?と後悔した。

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