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56 陸side
なんで帰んなかったかなぁ…
風呂を沸かしに行ってくれているため、先輩がいない部屋で一人ボーッと考える。
明日、ヘアショーが終わったらこうやって二人でいる時間なんてなくなるんだろうな…と思ったらなぜだか帰れなかった。
何もしないからって…
何かされてもいいなんて思ってしまっている自分に驚きだ。
今更俺たちがどうこうなるなんてことはないのに…
この一ヶ月本当に楽しかったな…
高校生の頃よりも先輩を近くに感じた。
毎日一緒に仕事をして、一緒に帰って。
俺の気持ちは日に日に大きくなるばかりで、どうしようもなかった。
どうしてあの時、先輩の手を取らなかったのだろう…
何度も後悔する。
あの時は、いつか別れがくるのなら一緒にいなければいい。なんて思っていたが、今は違う。
いつ訪れるかわからない別れに怯えているよりも、一緒にいたいのにいれない方が…辛い。
俺、気付くの遅すぎ。
結婚式を2ヶ月後に控え、どうしようもできないことに苛立ちを覚える。
『なぁ、なんか食おうぜ。腹減った。』
そう言いながら先輩がリビングに戻ってきた。
少し泣きそうになっていた自分の頬を叩き、頭をフルフルと横に振ると、返事をした。
『あ…これ美味しい。』
コンビニで買ってきた弁当やデザートを広げ、二人で頬張る。
『何?新作?』
『そうなんですよ。新作のデザート。俺、新しい物に目が無くって…』
『どれ?』
そう言うと先輩が俺に向かって口を開く。
『えっ?』
『早く。』
アーンしろってこと?
スプーンを持つ手は震え、なかなか先輩の口元へ進まない。
『ん。』
ぶっきらぼうにそう言いながら、先輩がスプーンを持っている俺の手を掴み自分の口へとデザートを運んだ。
『あ…ほんとだ。うま。』
それだけ言うと先輩は自分の物を食べ始めた。
もう…
なんなんだよ…
恥ずかしさと嬉しさがグチャグチャしてもうよくわからない。
デザートを掬い、スプーンを口に運ぶ。
間接キスしちゃった…
ドキドキしているのは俺だけで、隣の先輩はテレビを見ながら黙々と食べている。
あぁ…この幸せな時間がずっと続けばな…
なんて思ってしまった自分がいた。
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