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『俺が触れても平気?』
陸が無言で頷く。
『俺もな…ずっと忘れられなかった。でもお前には大嫌いって言われるし、もう結婚しちまうし…この気持ちは一生心の中に閉まっておくものだ…と思ってたけど…。言っていい?』
『…なんですか?』
『陸…好きだよ…』
耳元で囁くように言うと、鏡の中の陸の目からまた涙が溢れた。
『先輩…』
『キス…していい?』
そう聞くと、陸は頷きそっと目を閉じる。
陸の前に回り、ドキドキとうるさい心臓に「落ち着け。」と一言心の中で言うと、そっと口付けた。
触れるだけの優しいキス。
それだけで俺の心臓はまたうるさく鳴り響く。
目を開けた陸としばらく見つめ合い、陸のクロスを外すと、どちらからでもなく手を取り合い、奥のロッカールームへと急いだ。
『んっ…』
先程とは違う深いキスをする。
何度も角度を変えて、陸の口内を貪った。
『ん…ハァ…』
唇を離し、お互いにハァハァと肩で息をする。
『先輩…』
『ん?』
『これ以上は…ダメ…ですよ…』
『なんで?』
『明日…結婚するんで…』
『本当に結婚するの?』
『…結婚…しなきゃ…』
『陸…』
『だから…これ以上は…』
切羽が詰まり、辛そうな陸を抱きしめた。
『俺が結婚するなって言ったら?』
『……それでも…結婚しますよ…』
『陸…こんなに好きなのに…俺たちは一緒にいれねぇの…?』
『俺たちは…もう手遅れなんですよ…』
『…』
そうだ。
そうだった。
俺は何も言えなかった。
『今日は、取り乱しちゃってすみませんでした…』
『いや、こっちこそ…ごめん。』
『また…明日。』
『おう…。』
『平岡さん!!』
『なに?』
『今日のことは…忘れてください。』
『…』
玄関の前で頭を下げる白石。
そのまま俺のことは見ずに自分の家の中に入って行った。
家までの道を一人で歩く。
「今日のことは忘れてください。」か…
忘れられるわけねぇじゃん…。
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