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第3話

「それでは、ごゆっくりお楽しみくださいませ。」  ふわりと笑みを浮かべては、別のお客様の元へ行こうと目の前の彼にそう声を掛けた。すると、彼は焦ったように軽く身を乗り出しては、俺の手を掴んだ。 「えっと、えっと・・・あっ!名前!名前教えてよ。俺の名前はファオロ=ジェリーニ、ファオロって呼んで欲しい。」  彼は、ファオロ様は手をギュッと握ったまま、俺をじっと見つめていた。その勢いが良すぎる言葉と行動に困った、と思いながらも小さく笑みが零れてしまった。 「旭 玲一と申します。本日はお越しいただきありがとうございます、ファオロ様。」  俺がそう声を掛けると先ほど以上に嬉しさ満開の笑みを見せてくれた。 『可愛い人だな。』  笑顔を見せるファオロ様はなんとなく犬・・・というか動物っぽく感じる。そして、感情がすべて表に出てくる為か、コロコロと変わるのが見ていて飽きない。  先程の笑みを浮かべたままの彼をじっと見つめ過ぎていたらしく、こちらをお返しとばかりに見つめられた。そんな様子が可笑しくて、思わず吹き出してしまった。 「ッすみません!笑ってしまって…。」 「どうして謝る?レイイチは笑っていた方が綺麗だ。」  そう言って笑うファオロ様のが綺麗です、と口にしそうになりながら、小さく「ありがとうございます。」とだけ返した。  いつもであれば、そういった言葉は簡単に流すことにしているのに、今日は出来なかった。調子が狂うというか、なんというか・・・と考えを巡らせるが、仕事中だと思いなおしてはそれを止めた。  彼はその日、その一杯をゆっくりと時間をかけて飲み干しては少し空になったグラスを見て残念そうな表情を浮かべていた。 「もう一杯、いかがですか?」  そんな彼の様子に小さく笑みを浮かべながらそう訊ねると、彼は首を横に振り、「今日はやめておくよ。」と言って、席を立つと会計と共に名刺を俺に渡してきた。  そこには全て英語で書いてあり、すぐとは読めなかったが、「ありがとうございます」と礼を言って快く受け取った。 「もし・・・良かったら、今日終わったら連絡くれない、かな?」  彼は緊張からか、視線を左右に揺らしながらそう声を掛けてくれた。 「あ、えっと・・・終わるのが3時近くになると思うので・・・。」 「それでもいい。電話じゃなくてもメールだけでもいい。・・・時差ぼけのせいで中々眠れなくて・・・。それとも、嫌・・・かな?」  断ろうとした言葉を言わせずに更に重ねた言葉に少し強引だな、と感じつつも、こちらを恐々と見遣る彼にやはり犬っぽさを感じた。  そんな寂しいと語る瞳を向けられては断ることは出来ず、頷いてしまった。 「・・・その代わり、明日もぜひ飲みに来ていただけますか?」  彼の癒される笑顔が見たいと、そんなことを口走ったことに少し後悔をしながら、その後に向けられた彼の笑顔でそんな後悔すぐに消えてしまった。

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