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第3話
やっと……やっとこの日が来た。
待ちに待った、映画研究会の集まり当日だ。
まゆぽん先輩から連絡があった後、そんなに日数もない中、お気に入りのスーツをクリーニングに出して、美容院にまで行った。
先輩と会えなくなってから年々薄れていたそういう感情が、またよみがえってくる。
いつも通り仕事へ行くのに、集まりを……先輩を考えて、いつもより30分も早く起きた。
"先輩はピンク色が好きだった"
それだけの理由で、俺は薄いピンク色のシャツを着る。
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『かんぱーい!』
待ちに待った集まりは、いつも皆で行っていた居酒屋で拍子抜けした。
少し期待していたバカ騒ぎも、今じゃ全員社会人で、場所をわきまえていた。
時間が立ち過ぎてしまったのかもしれない、と寂しく思う。
……そんな中、ただ1人だけ、俺の思いを裏切らなかった人がいる。
「仁くんったら、またかっこよくなっちゃって~」
「先輩は、相変わらず可愛いですね」
「もーっ!またそんなお世辞言ってる~」
そう言って、頬をぷくっと膨らませるのは、まゆぽん先輩だ。
相変わらず、少しクセのある栗色の髪を、クルクルさせながら話す。
あの時と変わらない行動に、俺の単純な心臓は早くなった。
さっきから余裕があるように振る舞いながら、綺麗になっている先輩に緊張している。
男の影響か、年相応だからなのか、可愛いの上に綺麗が乗っかった先輩は、本当に本当に美しかった。
「なんでそんなに見るの〜!」
気がついた時には、まゆぽん先輩の顔が赤くなっていて、それがお酒のせいなのか、俺が見ているからなのか……後者だといいなと、淡い期待を抱いた。
まゆぽん先輩の左手薬指に、指輪はない。
「仁くんシャツ可愛いね〜」
おまけにスキンシップも多く、もし相手がいたら悲しむであろうほどのベタベタだ。
今だって、シャツを褒めながら、人差し指でツーッと俺に触れる。
さっきまでの淡い期待は、図々しくも濃くなっていった。
「まゆぽん先輩、最近どうなんですか?」
念のために、こんなことを聞いた。
もし今、彼氏がいると聞いても、まだ引き返せるタイミングだと思った。
内心ドキドキしていて、コップに残っていたお酒を、ぐいっと飲み干す。
「えー、幸せだよ?」
突然、先輩はもじもじしながら、上目遣いで俺を見た。
もちろん、髪はクルクルさせている。
「幸せ?」
「そうよー、毎日幸せなの!まるで映画みたいで!」
そう言う先輩の顔は、今まで見たことがないくらい、本当に幸せそうな顔をしていた。
今でも覚えてる、まゆぽん先輩の好きな映画は、ベッタベタなラブストーリー。
彼氏が病気になったり、第三者が意地悪して別れたりくっついたり、俺にはあまり分からない映画ばかりだった。
それでも、観終わった後にいつも先輩が言う"こういう恋人同士になりたい"という発言には、少し心が揺れていた。
「映画……みたいなお相手が、できたんですか?」
まだ引き返せると思っていたタイミングは、もっと前だったようで、声が震えていた。
さっきまで見れていた先輩の顔が、まともに見れない。
「ん?そうだけど……あっ、言い忘れてた!」
不思議そうに首を傾げた先輩は、大げさに身体をビクッとさせながら、突然その場で立ち上がって言った。
「実は私、婚約しましたー!」
パチパチと、大きな拍手が頭を揺さぶる。
婚約……。
周りの驚く声や祝福する声が、遠くの方で聞こえた。
指輪がないのは、婚約だから……
他人には見えない指輪が、もうすでにされていたんだ。
「いつ入籍するのー?」
「彼はどんな人なんすか!?」
「出会いは何〜?」
先輩が質問攻めにされ、恥ずかしそうに1つ1つ答えていく。
その表情を、先輩にさせている人がいる。
可愛い……この感情は、2度と掘り返せない。
「まゆぽん先輩おめでとうございます!幸せになってくださいね!」
「ありがとう、仁くん」
精一杯の笑顔を先輩に向けて、祝福の言葉を言った。
ニコニコするのも、これが限界だった。
「ちょっとすいません、トイレ」
先輩が嬉しそうで、周りはお祝いムード。
誰もこんな俺に気がつかないうちに、こっそり席を立った。
俯くと見える薄いピンク色のシャツが、虚しく感じた。
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