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第5話
千秋ちゃんは、俺の質問に答えることなく、自分の髪をくしゃっと触って下を向いてしまった。
さっきのあからさまな態度を思い出すと、"なんで知ってるの?"と聞くのも恥ずかしい。
ただ、どうしても誤摩化したがる小さなプライドが、それと同等の質問をした。
あまり関わりのなかった千秋ちゃんが、気がつくほどなのに……。
「その!きっと……僕、だけですよ」
千秋ちゃんは覚悟を決めたのか、勢い良く顔を上げて発言しようとするも、声はどんどん小さくなっていった。
乱れた左側の髪が、千秋ちゃんをしゅんとして見せる。
「ん?」
"僕だけですよ"
これは、どういう意味で言ったんだろう。
思わず声にもれ、首を傾げると、千秋ちゃんも一緒になって首を傾げた。
「……あっ!」
「え!なに、どうしたの?」
男2人がトイレで、同じ方向に首を傾げて見つめ合っている時間は、すぐに終わった。
千秋ちゃんの驚く声に、止められたのだ。
俺もつられて驚くと、千秋ちゃんは「ふぅ」と一息ついて話し出す。
「僕だけですよって言ったのは、僕だけが、仁先輩の……気持ちに気がついたんだと思いますってことが言いたくて……その、それはなんでかって言うと……」
また、どんどん声が小さくなっていく。
千秋ちゃんが何を言いたいのか全く分からず、聞く気持ちが薄らいできた。
ふと鏡に目をやると、目つきの鋭い嫌な顔をした自分の姿が見え、自然と千秋ちゃんに視線を戻す。
それと同時に、目の前にある綺麗でどこか見透かすような目が、俺を見た。
あまりに美しくて、思わず息をのむ。
「僕が、仁先輩を好きだからです」
「へ……?」
千秋ちゃんの目に、偽りはない。
どこまでも真っ直ぐに、俺のことを見つめる。
さっきまでの千秋ちゃんは、どこに……。
「仁先輩」
好きって、先輩として?
それとも、恋愛として?
いってしまえば、あまり関わったこともなく、その上、男同士だ。
そんなこと、あるわけがない。ありえない。
自然と、身体が後ずさりした。
理由を聞いても、きっとそれは理解ができない。
「仁先輩……」
それを阻止するように、千秋ちゃんにピンク色をしたシャツの袖を掴まれた。
千秋ちゃんを見れなくなった俺の目は、強制的に千秋ちゃんへと戻る。
目が合うとまた、あの目をしていた。
「好き、です……仁先輩のこと、ずっと前から……」
心臓までが強制的に動かされ、今までにないほど激しく動き出した。
それは、さっき"ありえない"と思った理由だったからなのか、千秋ちゃんの力なのかは分からない。
ただ、千秋ちゃんの綺麗な目はまだ、真っ直ぐに俺を捉えている。
なぜだか俺は、そこから目が離せなくなった。
そして、俺の口からは、自然と言葉が出る。
「いいよ、付き合おう」
俺は今、どんな顔をして、これを言っているんだろう。
千秋ちゃんが、どう思って俺を好きだと言ったのかは、分からない。
付き合いたいとさえ、思っていないのかもしれない。
それでも、こう言ったのは、今は1人になりたくない……そう思ったから。
それだけが理由だった。
俺は、本当に嫌なやつなんだ。
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