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第6話

「千秋ちゃん?」 自分の言葉が不安になるほど、千秋ちゃんに反応はなく、声をかけてみる。 喜ぶか、引くか、何かしら反応があると思っていたものの、千秋ちゃんは、口を開けたままポカンとしていた。 ただ、時間が過ぎていく中、換気扇の回っている音が響く。 千秋ちゃんの顔を覗き込めば、真っ白な肌がたちまち赤くなり、それは首筋にまで広がっていった。 あれ…… 「キス、してみよっか」 俺の口は、簡単に言った。 気づいたら、口から出ていたのだ。 さっきまでの勢いがある千秋ちゃんになら、してもいいだろうと思った。 それに……不思議と、可愛く見えたから。 「キ、キス……?」 ある程度あった2人の距離を縮めるために、俺は一歩足を進めた。 千秋ちゃんの俺を見る目が、自然と上目遣いになり、また可愛く見えた。 「うん、キス」 ……ここまで行動にうつしておきながら、一つ言っておきたいことがある。 俺は、今まで、男と付き合ったことがない。 それ以前に、男を好きになったこともない。 別に、同性愛というものに偏見はないが、自分が男と付き合うというのは、少し抵抗がある。 でも、大丈夫だ。 目の前にいる、君のことは好きじゃない。 寂しいとき、目の前にいるからいけないんだ。 そう、自分を守った。 「ねぇ……していい?」 「は、はいっ」 千秋ちゃんは、俺の考えなんて知らずに、目一杯頷いて、目をぎゅうっと瞑った。 今にも倒れてしまうんじゃないかと思うほど、顔、首、耳まで全部が真っ赤になっている。 男だと思えないほど、華奢で薄い肩、サラサラの黒髪、小さい鼻、真っ白な肌、真っ赤な唇……ぎゅっと瞑る目。 緊張がほぐれるようにと頭を一回撫で、顔を包んだ。 そして、ゆっくり顔を近づける。 その場に、ちゅっと、可愛らしい音が響いた。 「目、あけて」 強く瞑られている目元を撫でると、様子をうかがうように、ゆっくりと開かれた。 キリッとした綺麗な目が、俺を見る。 まだ顔を離しきっていない俺は、千秋ちゃんと目が合うと、また近づいた。 今度は、可愛らしいキスではない。 少し口を開けて、千秋ちゃんの唇をはさむようにして触れる。 角度を変えて、何度も。 「ぁ……ん」 千秋ちゃんの声に、ハッとして、唇を離した。 顔は赤く火照ったまま、目をとろんとさせて、口が半開きになっている。 ……やってしまった。 「千秋ちゃんが可愛くてつい……ごめんね」 俺の唾液がついた唇を、指でなぞる。 ぼうっとする千秋ちゃんの表情は、まだ欲情的で、ものすごくそそった。 「先輩……戻らなきゃ、です」 それに反して千秋ちゃんは、俺の身体を押しながら、冷静な発言をした。 そして、千秋ちゃんは俺から逃げるように、パタパタとトイレを出て行ってしまった。 ……自分でもビックリする行動に、千秋ちゃんはもっと驚いて、怖かっただろう。 そう思うと、心が痛かった。 「ごめんね、千秋ちゃん」 ふと鏡を見ると、俺の顔にさっきまであった鋭さはなく、欲にまみれた顔をしていた。 男の単純な変化に、少し笑いそうになる。 ここへ来たものとは違う理由で、もう少し落ち着いてから、トイレを出ることにした。

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