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第7話
飲みの席に戻ると、いい具合に酔っ払いが増えていた。
机に突っ伏し、寝ている人もいれば、やたらと顔の距離を近づけて、会話に勤しむ男女もいる。
この、飲み会特有の異様な空間は、簡単に、さっきまでの感情を抑えてくれた。
まゆぽん先輩も、その周りにも、酔っぱらいは増えていて、俺の入る隙はない。
「仁くん〜!遅いよお」
「あー、やっと戻って来たんですかあ?」
「あー……はは、めちゃくちゃ酔っぱらってるじゃないですかー」
隙がない……はずだった。
が、飲みの席の近くに行けば、すぐ気が付かれ、スルスルとまゆぽん先輩の隣におさまった。
先輩の前には、可愛らしい赤い飲み物が置かれいる。
空のコップは4つあり、結構なペースで飲んでいたことがわかった。
嫌な予感しかしない……。
「仁くんそんでさぁ~まゆの話聞いてよ~」
「はいはい、聞いてますよー」
「ほんとに〜?」
酔っぱらうと、自分のことを名前で呼ぶところが変わっていない。
髪をクルクルさせることなんて忘れて、俺に絡みまくるところも。
婚約者がいるのに、ベタベタと俺の腕に絡まり、顔を近づけて話す。
少し顔を動かせば、キスができる距離だ。
ピンク色をしたまゆぽん先輩の唇、ほのかに香る女性の匂い、火照った肌、密着する身体。
その綺麗な唇から発せられるのは、仕事の愚痴と婚約者のノロケのみで、そろそろ耐えられる自信がない。
「千秋!お前飲み過ぎ!」
「だいじょぶれす~お水くらさい~」
「呂律まわってねぇし…ほら、水」
"千秋"という名前に反応してそっちを見れば、少し離れた席で、千秋ちゃんが酔いつぶれていた。
さっきトイレで見た表情と似ている、とろんとした目と半開きの口が、俺には魅力的だった。
……千秋ちゃんは、あんなにお酒を飲むタイプだったかな。
もらった水を一気に飲み干し、一息ついた千秋ちゃんは、俺に気づいてこっちを見た。
気がつけば、俺は、千秋ちゃんを凝視していたのだ。
それを誤摩化そうとするものの、俺と目が合い、千秋ちゃんはふにゃっと嬉しそうに微笑んだ。
それだけで、胸が痛む。
「まゆぽん先輩、千秋ちゃんがかなり……」
また、キティを頼んだ先輩の耳元で、わざと投げかけてみる。
世話焼きの先輩は、あぁいうタイプの人が酔っているのを、放っておけないはずだ。
先輩と、早く離れたい。
この匂いも、感触も、全て忘れたい。
「え?……わっ、千秋べろんべろんじゃん」
「ちょっと俺、外に連れ出してきますね」
「相変わらず優しい王子様ね~!千秋ちゃんをよろしくね!」
「はいはい、そういうのはいいですから!先輩も飲み過ぎないでくださいね!」
思った通り、まゆぽん先輩はいい笑顔で見送ってくれた。
もう2度と、会うことのない先輩。
あれだけ好きだった先輩。
まゆぽん先輩の腕がスルッと抜けて、俺の背中を押す。
振り返ったら、後悔するのは分かっているから、もう見ないことにした。
最後に、まゆぽん先輩の幸せそうな顔が見られて良かったと、綺麗事を心の中で思う。
仕事帰りらしい黒の鞄を持ち、千秋ちゃん目がけて席を立った。
俺の中にある感情が渦巻いて、心臓が激しく鳴りだしながらも、一歩一歩、千秋ちゃんに向かって歩く。
「千秋ちゃん、大丈夫?」
片膝をついて、千秋ちゃんの背中をさすりながら、耳元で囁く。
千秋ちゃんは真っ赤な顔をテーブルにつけたまま、ふにゃっと笑った。
「ん~先輩……仁せんぱあい」
とろんとした目で、また、俺の名前を呼んだ。
ドクドクと鳴る心臓が、うるさい。
「ちょっと千秋ちゃんやばそうだから、一回外に連れてってくるよ」
「仁先輩!私置いてどこ行くんですかー」
「そんな任せちゃっていいんすかー?」
「いいよいいよ、少し外行くだけだから。ね、千秋ちゃん行こう」
背中をさすっていた手を腰に回して、千秋ちゃんを立たせながら、誰にも聞かれないくらいの小さな声で言った。
「このまま、一緒に抜けよう」
「ん……?先輩?」
ちゃんとした返事も聞かないまま、千秋ちゃんの荷物を持って外に出た。
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