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第8話

フラフラ、フラフラ…… 酔っ払った男を1人で支えるのは、小柄な千秋ちゃんの身体でも、思いの外大変だった。 店の扉を開き、5段ほどの階段を下りるのも一苦労。 千秋ちゃんを守るに守りきれず、壁に当たりながら歩いた。 「仁しぇんぱい……」 ここまで酔っているなら、思考が追いついていないのは当然で、呂律さえ回っていない。 そんな酔っぱらいに何を聞くでもないが、さっきのトイレでのことが怖かったら、俺の名前は呼ばないだろうと、少し自信をもった。 夜風が気持ちいいのか、千秋ちゃんはニコニコしながら、俺に身体を預ける。 「っ……よいしょ」 「んんー」 店から少し離れた場所にある人気のない公園を見つけ、ベンチに千秋ちゃんを座らせる。 一緒に隣へ座ると、千秋ちゃんは、俺の肩に頭を預けてきた。 千秋ちゃんの綺麗な黒髪から、女の子みたいにシャンプーのいい香りがする。 それから、長く真っ直ぐな睫毛が、よく見えた。 「先輩~大丈夫ですかあ?」 「ん?」 「さっきの、まゆ先輩がくっついて……」 「ああー」 「いつもなら嬉しそうな顔してるのに、ちょっと違ったんですもんー」 千秋ちゃんには似合わない、ヘラッとした口調だ。 まだ目は瞑ったまま、脳直に話しているようだった。 酔っているのに、そんなことに気がつくなんて。 俺は内心、ハラハラしていた。 「千秋ちゃんは何でもお見通しなんだなあ」 「僕だけですよ、ふふっ」 しかし、ハラハラが一瞬で消えるほど、千秋ちゃんは無邪気に笑った。 その純粋な表情に、また、胸がドキリとする。 俺も思いの外酔っていたのか、さっきから動悸が治まらない。 「水買ってくるから、ちょっと待ってて」 ……千秋ちゃんが、可愛い。 頬を赤くして酔っぱらっているだけの成人男性だ。 こんなに、ドキドキするわけがない。 そう、自分に言い聞かせて、イスから立ち上がった。 「仁先輩」 すると、一歩踏み出す前に、ぐいっと腕を引かれ、俺は動けなくなった。 振り向くと、悲しそうな顔をした千秋ちゃんがいたから。 「行かないでください……寂しいです」 俺を引き止めるには十分すぎる言葉で、大人しく、俺は千秋ちゃんの隣に戻った。 ここまでされたら、水なんて買いに行けない。 "千秋ちゃんが可愛い"この気持ちは、正しかった。 「もう少しだけ、このままでいさせてください」 そう言って、千秋ちゃんは俺の肩に頭を預け、目を瞑った。

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