9 / 26
第9話
満足したのか、千秋ちゃんは心地良さそうに、寝息をたてて寝ている。
肩にある千秋ちゃんの重みと、いい香りのする千秋ちゃんの髪、手は寂しそうに宙に浮いていた。
咄嗟に、なぜかその手を握ろうと、俺の手がぴくんと動いた。
目の前にあるのは、真っ白でも、細くても、骨張った男の手。
そうだ、千秋ちゃんは男だ……。
「ねぇ、千秋ちゃん」
胸の奥がきゅんと痛んで、千秋ちゃんの名前を呼んだ。
あんなに酔っていたんだから、起きるわけもないのに、ただ呼びたくなった。
それから、千秋ちゃんの頬に触れてみると、ふにっと柔らかい感触がした。
さっき、キスした唇みたいに柔らかい。
こうして見ると、女の子と大差ないなあ、なんて。
「仁先輩……」
やっぱり、このまま千秋ちゃんを帰せない気がして、幹事にメールを送った。
家まで送ると伝えれば、何の疑いもなく承諾されるだろう。
「先輩……僕、寝ちゃってましたか?」
送信したことを確認して携帯をしまうと、千秋ちゃんが寝ぼけた顔で、俺のことを見上げていた。
さっきみたいに、そこまで顔が火照っていないところを見ると、ただ寝ぼけているだけらしかった。
俺の肩から身体を起こし、ぼうっとしたまま俺を見つめる。
少し乱れている千秋ちゃんの髪を撫でると、嬉しそうに、俺の手にすり寄った。
「んー……ちょーっとだけね」
猫みたいにすり寄る千秋ちゃんが可愛くて、千秋ちゃんからの質問に答えながら笑うと、千秋ちゃんの眠たそうな目が大きく開いた。
見慣れたあの、鋭い目だ。
「えっあっ、ごめんなさい!」
それでも、今日は初めて見る顔ばかりで、いま目の前にいる千秋ちゃんの顔は、真っ赤に火照っている。
この状況で、まだお酒が残っているのか……なんて、そんなことは思えない。
君の好きな人が、頭を撫でてたら、そうなるもんなのだろう。
「さっきみたいに、俺の肩つかっててよ、ね?」
「か、肩までお借りしてたんですか!」
さっきとは別人のような、大きな声。
もう、とろんとしていない、つり上がった大きな目。
それでもまだ、顔は真っ赤でいる。
「まぁ……付き合ってれば、それくらいはねぇ」
すんなりと、付き合いたての女性相手に使うような、恥ずかしい言葉を発した自分に驚いた。
千秋ちゃんの顔は見れずに、わざと遠くを見つめる。
これから本当に付き合っていくのか、自信がなかった。
「あ……あの、本当に僕と付き合ってくれるんですか?」
俺の考えていることを見透かすように、千秋ちゃんは眉を下げて言った。
俺は、まゆぽん先輩を吹っ切れなくて、何か気持ちを埋めたいだけ。
千秋ちゃんは、俺のことが好き。
「うん、もう付き合ってるんだから……そんな顔しないでよ」
「でもあんまり、僕のこと知らないのに……仁先輩は優しいから、そう言ってくれるんですよね」
「俺のことも、知らないでしょ?俺は、千秋ちゃんのこと、もっと知りたいよ」
「知り……たい?」
無理矢理、千秋ちゃんの言葉を押し込むように、顔を近づけながらキザなセリフを言うと、千秋ちゃんはどんどん顔を赤くさせた。
合意だ。
やっぱり、今日は帰したくない。
「今夜、教えてくれる?」
俺の言った意味が分かったらしい千秋ちゃんは、俯きながら一生懸命コクコクと頷いた。
千秋ちゃんは、俺の言葉を健気に飲み込む。
これから、どうなるか本当に分かってるの?
ともだちにシェアしよう!