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第9話

満足したのか、千秋ちゃんは心地良さそうに、寝息をたてて寝ている。 肩にある千秋ちゃんの重みと、いい香りのする千秋ちゃんの髪、手は寂しそうに宙に浮いていた。 咄嗟に、なぜかその手を握ろうと、俺の手がぴくんと動いた。 目の前にあるのは、真っ白でも、細くても、骨張った男の手。 そうだ、千秋ちゃんは男だ……。 「ねぇ、千秋ちゃん」 胸の奥がきゅんと痛んで、千秋ちゃんの名前を呼んだ。 あんなに酔っていたんだから、起きるわけもないのに、ただ呼びたくなった。 それから、千秋ちゃんの頬に触れてみると、ふにっと柔らかい感触がした。 さっき、キスした唇みたいに柔らかい。 こうして見ると、女の子と大差ないなあ、なんて。 「仁先輩……」 やっぱり、このまま千秋ちゃんを帰せない気がして、幹事にメールを送った。 家まで送ると伝えれば、何の疑いもなく承諾されるだろう。 「先輩……僕、寝ちゃってましたか?」 送信したことを確認して携帯をしまうと、千秋ちゃんが寝ぼけた顔で、俺のことを見上げていた。 さっきみたいに、そこまで顔が火照っていないところを見ると、ただ寝ぼけているだけらしかった。 俺の肩から身体を起こし、ぼうっとしたまま俺を見つめる。 少し乱れている千秋ちゃんの髪を撫でると、嬉しそうに、俺の手にすり寄った。 「んー……ちょーっとだけね」 猫みたいにすり寄る千秋ちゃんが可愛くて、千秋ちゃんからの質問に答えながら笑うと、千秋ちゃんの眠たそうな目が大きく開いた。 見慣れたあの、鋭い目だ。 「えっあっ、ごめんなさい!」 それでも、今日は初めて見る顔ばかりで、いま目の前にいる千秋ちゃんの顔は、真っ赤に火照っている。 この状況で、まだお酒が残っているのか……なんて、そんなことは思えない。 君の好きな人が、頭を撫でてたら、そうなるもんなのだろう。 「さっきみたいに、俺の肩つかっててよ、ね?」 「か、肩までお借りしてたんですか!」 さっきとは別人のような、大きな声。 もう、とろんとしていない、つり上がった大きな目。 それでもまだ、顔は真っ赤でいる。 「まぁ……付き合ってれば、それくらいはねぇ」 すんなりと、付き合いたての女性相手に使うような、恥ずかしい言葉を発した自分に驚いた。 千秋ちゃんの顔は見れずに、わざと遠くを見つめる。 これから本当に付き合っていくのか、自信がなかった。 「あ……あの、本当に僕と付き合ってくれるんですか?」 俺の考えていることを見透かすように、千秋ちゃんは眉を下げて言った。 俺は、まゆぽん先輩を吹っ切れなくて、何か気持ちを埋めたいだけ。 千秋ちゃんは、俺のことが好き。 「うん、もう付き合ってるんだから……そんな顔しないでよ」 「でもあんまり、僕のこと知らないのに……仁先輩は優しいから、そう言ってくれるんですよね」 「俺のことも、知らないでしょ?俺は、千秋ちゃんのこと、もっと知りたいよ」 「知り……たい?」 無理矢理、千秋ちゃんの言葉を押し込むように、顔を近づけながらキザなセリフを言うと、千秋ちゃんはどんどん顔を赤くさせた。 合意だ。 やっぱり、今日は帰したくない。 「今夜、教えてくれる?」 俺の言った意味が分かったらしい千秋ちゃんは、俯きながら一生懸命コクコクと頷いた。 千秋ちゃんは、俺の言葉を健気に飲み込む。 これから、どうなるか本当に分かってるの?

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