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第10話
夜風に当たりながら、時間を気にせずゆっくりと歩く。
恋人だというのに、手を繋がず腕も組まず、ただ歩くというのは、不思議な感覚だった。
今まで気にもしなかったが、同性だと一目のつくところで、何もできないことを実感する。
ただ、年甲斐もなく緊張していることを知らせてくれる俺の手は汗ばんでいて、今の状況は好都合だった。
「千秋ちゃん、明日仕事は?」
「あっ、明日はお休みです」
俺より緊張をしている千秋ちゃんは、声をかけただけで、体をビクつかせながら眼鏡をあげ直す。
それから、うなじまで真っ赤にして、また眼鏡をあげ直した。
「あんまり、あの、こっち見ないでください……」
さらに眼鏡をあげながら、ちらっと上目遣いで俺を見る。
千秋ちゃんと目が合うと、一瞬ドキリとして、返事がワンテンポ遅れた。
「どうして?」
「恥ずかしいから……」
千秋ちゃんからの返答は、可愛かった。
口元にきゅっと力を入れて、俺からの視線に耐えている。
そろそろかと、それっぽい裏路地に入る。
きっと、高めのところなら同性でも入れるだろう……俺の気持ちを汲み取ったように、少し高級そうなラブホテルの外観が見えた。
ビジネスホテルとは違う雰囲気をまとった入りやすいとは言えないこの空間には、何回来ても慣れない。
早くしてと促すように、電子看板がうるさく光る。
「千秋ちゃん、いい?」
「……はい」
千秋ちゃんの意志を再確認し、目隠しがされているいかにもな入口へ向かう。
通路の下には水が流れ、無駄に大きく聞こえる自動ドアの音と、2人分の足音が耳に入る。
薄暗い照明の中、異様に目立つタッチパネルの前に立つと、機械的な音声が来店を歓迎してくれた。
すぐに部屋一覧が表示され、一番安くもなく高くもない無難な部屋をタッチする。
二つの意味を込めて「大丈夫?」と訊けば、千秋ちゃんは言葉を発さずに、何度も首を縦に振った。
宿泊を迷わず選択して、顔が見えない受付のお姉さんから鍵をもらう。
いざ行こうと千秋ちゃんを見ると、同じ方の手と足を出して歩いていて、少し心をくすぐられた気がする。
こんなところで、このタイミングで、子供の発表会みたいに緊張しているなんて、可愛いとしか言いようがない。
「ね、手貸して」
俺の声にハッとして、真っ赤な顔をした千秋ちゃんは、案外素直に手を出してくれた。
安心させるように、手をぎゅっと握って、すぐ開いたエレベーターに乗る。
千秋ちゃんの手は冷たくて、そこはさすがに男らしく骨張っているものの、なぜか胸がドキリとした。
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