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【リクエスト3】レコード、夏、花火、それと君。
嶋 綾人。大学の同級生。艶のある黒髪はいつも少し寝癖がついてて、細い体で少し猫背、黒縁メガネの地味な男。
初対面の印象はそういう感じだった。
レコード、夏、花火、それと君。
僕、北窓エリンは、自分で言うのもなんだけど、割とモテる方だ。
日本人らしくない外見は、男女関係なく、目につくらしく、少し笑いかけるだけで、その気になる奴ばかりだった。
元々、僕は男が好きで、外見が良さそうな奴を誘っては体の関係を持った。
退屈だ。
何も楽しいことなんてない。
セックスもキスも、長い人生の暇つぶしの遊びだ。
そう思っていた。
たまに夜遊びしてから寮に帰ると、夜遅くまで文机の電気が付いている部屋があった。
ぼんやりとしたオレンジ色の明かりの中、一心不乱に勉学に励んでいたのは、寮の中で一番の秀才、嶋くんだ。
僕は、いつも夜遊びして帰ってくると、嶋くんの部屋の窓を軽く叩いた。
気づいた嶋くんは、眉間にシワを寄せながら、窓を開けてくれた。
「やぁ、嶋くん。こんばんは」
「……もうとっくに寮の門限は過ぎてるけど」
「一緒にいた子が離してくれなくてさ。また玄関開けてくれる?」
嶋くんは軽くため息をつきながら、寮の玄関を開けた。
前々から夜遊びをして、門限破った時はこうやって開けてもらっていた。
こんな夜遅くまで勉強してるのは嶋くんくらいだったから。
「ありがとう。助かったよ」
「……もう次はしないから」
つれない態度を取りながら、本当は僕に気があるのを知ってる。
だって、耳を真っ赤にして僕と話してる。
大学が休みの日。
この日は、電車に乗って町のレコード屋に行った。
今流行りのロックじゃなくて、僕はどちらかというとクラシックギターの曲が好き。
この店はマイナーなレコードも売ってるから、休みの日はよく遊びに来る。
ふと新譜の棚の前を見知った人を見かけた。
猫背で、少し寝癖のついた嶋くんだった。
彼の持っているレコードのジャケットを見ると、意外にも僕が持っているレコードばかりだった。
「嶋くん」
僕は声を掛けてみた。
彼はびくりと体を震わせて、僕の方を見た。
「北窓くん……」と小さな声で呟いた。
「嶋くんもレコード買いに来たの?」
「うん……」
細い腕でレコードを抱え、視線を泳がせている。
恥ずかしそうな彼の態度が何となくおかしかった。
「それ、僕も持ってる」
「え!?そうなの?これ、ずっと前から欲しくて……。北窓くんが持ってるのは、今日発売の新譜?」
「うん。これ買うために、アルバイトもしてたし」
「そうなんだ……いいな……」
メガネの奥の瞳はいつも気難しそうなのに、自分の好きなものになると、柔らかくて、意外とかわいい表情をする。
「良かったら、僕の部屋に聞きに来る?隣の部屋だしさ」
「いや、でも……」
「君とは音楽の趣味が合いそうだし、こういう話が出来るやつ、少ないんだ。皆、ロックロックでさ」
「あ、ありがとう……」
どこかに吸い込まれるような小さな声と、ほんのりピンクに染まった顔が……なんというか、可愛いなんて思ってしまった。
いつしか僕らは音楽や小説の趣味まで似ていたこともあってか、お互いの部屋を行き来するようになった。
夜、僕の部屋にきて小さな音でレコードを楽しんだ。
夜の小さな音楽祭。
僕らはそう呼んだ。
そんなことをしていたら、夜遊びの癖もすっかり抜けてしまった。
お互いの呼び方も、「綾人」「エリン」。
周りからは、正反対のコンビだと笑われたけど、それでも構わなかった。
夏がやってきた。
寮生の半分が田舎に帰っていったが、残りの半分は寮に留まり、夏休みを謳歌した。
それは、僕達も例外ではない。
「川へ遊びに行こう」
暑さにへばった寮生の誰かがそう言った。
皆はぞろぞろと連れ立って、近くの川に遊びに行き、下着姿になり、川に入っていく。
綾人も服を脱ぎ捨て、細く白い体を太陽の元に晒した。
筋肉がついている訳では無いが、しなやかで薄い筋肉は白い薄皮の皮膚に覆われ、どこか女のような曲線美が見てとれた。
じっとその様子を見ていると、「エリン?」と声をかけられる。
「エリン?ぼーっとして、どうした?具合悪い?」
「……今日はいやに暑いなと思って」
「エリンも早く川に入ろう」
涼やかな綾人の目元が綻ぶ。
やっぱり綾人ははにかむように笑った顔が一番可愛い。
白い下着を履いた肉のついていない尻を見る。
今、押し倒して、四つん這いにさせて、小ぶりの尻を掴んで、拡げて、固く閉じているであろう蕾をこじ開けたい。
下着の中で収まっている茎の根元を擦り上げて、射精させたい。
嫌がりながらも、快楽に流され、僕に溺れる綾人を組み敷きたい。
綾人の裸体を見る度に、およそ親友などと言えないような穢れた考えに支配されている。
しかも、こんな乱暴なやり方で、綾人を支配したいだなんて……。
僕は本当に酷いやつだ。
「結構冷たいね」
綾人は細い足先で水面を蹴った。
太陽にキラリと光る水しぶきがあたりに飛び散った。
その時、僕は何を思ったのか、そのまま川にジャブジャブ入っていき、綾人の手を掴んだ。
細くて冷たい、ガラス細工みたいな手。
「本当だ。冷たいね」
ポカンとした綾人の顔は次第に赤くなっていく。
綾人は、はっとして、僕の手を優しく解いた。
顔を背けながら、「……僕、あっちで泳ぐよ」と僕から離れていく。
触れてほしそうな顔をするのに、触れようとすると逃げていく。
そんな君が時々、憎い。
8月も終わりに近づいた頃、この町で唯一の娯楽と言っていい、夏祭りの日が近づいてきた。
皆で花火大会を見に行こうという話になっていたが、僕は留守番することにした。
綾人が風邪を引いたからだ。
痰がらみの咳や熱で浮かされた顔は弱々しいし、いつもよりさらにやせ細ったような気がする。
身に纏っている薄い浴衣は、夏になると綾人は寝巻きとして使っているもので、今は汗で少し張り付いている。
皆には隣の部屋のよしみで看病するとふざけて言ったけど、内心すごく心配してる。
誰もいないことをいいことに、僕の部屋のレコードプレーヤーを綾人の部屋に持ち込んで、彼の好きな曲をかけてあげた。
「……花火大会、行かなくて良かったの?」
「綾人と行きたかったから」
綾人と行けないなら、意味無いよ。
彼の額を撫でながら、そういうと綾人は僕の手に擦り寄ってきた。
「エリンの手、冷たくて気持ちいい……」
いつもの涼し気な目元ではなく、熱に浮かされたような蕩けた目。
少し開いた唇のあわいから漏れる息は、気だるそうに細く長い。
「綾人……煽らないで」
止められなくなる。
君とはゆっくり友達でいながら、恋人になりたいのに。
指を絡め、しっとりとした彼の唇に口付けする。
慣れていなさそうに、うまく息がつけない綾人。
唇を離すと、綾人は必死で酸素を吸い込もうとしている。
「エリン……何で……」
「好きだから。それ以外に何があるの?」
遠くで花火の音が聞こえた。
パラパラと火薬が爆ぜて散った音は、もう全て元には戻せない今の状態にピッタリだ。
「エリン……ダメだよ……僕らは、友達で、同級生で、男同士だ」
「関係ないよ」
僕はそのまま綾人が着ていた浴衣の帯を解いた。
「待って……エリン……!や……っあぁ……!」
近くの文机に足があたり、上に置かれていたレコードプレイヤーの針がズレ、外れる。
針の乗っていないレコードは、空回りするように回り続ける。
遠くで響く花火の音と、無音で回り続けるレコード、衣擦れ、綾人の嬌声だけが狭い畳の部屋の中で聞こえる。
「いやだ……、エリン、やめて……!」
嫌がる綾人を押さえ込みながら、一線を越えた時の開放感と罪悪感の狭間でしばらく僕を悩んだ。
一度開かせた蕾は、もう閉じることをできない。
何も知らなかった綾人の体に、快感を叩き込んだ僕はそれからも彼と関係を続けた。
恥じらいながらも、溺れていく綾人に僕もまた溺れた。
溺れ続けることができると思っていた。
卒業後、僕が死ぬまでは、そう思っていたのだ。
綾人。
死の間際、僕は君のことを想ってた。
あの夏の日を、永遠に繰り返していたい。
レコードを聞いて、花火の音と光の中で、綾人を抱きながら、溺れていたい。
――――
「父さん?何してるの?」
再婚相手の息子である清人くんが僕の後ろから声をかける。
僕は丁度、研究のために田舎へ行く用意をしていたのだが、たまたま見つけた学生時代のアルバムをついつい眺めてしまっていた。
セピア色の写真には金髪で緑の目をした彫り深い男が、いつだって僕の隣で微笑んでいた。
「この人、かっこいいね。外人さん?」
「ハーフなんだ。……素敵な人だったよ」
エリン、君にもう一度会いたいな。
終
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