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いじわる彼氏とハネムーン 479
「ぷはっ、酷いじゃんか!」
「そんなに泳ぎたいなら俺と競争しよっか」
「え?」
「あそこからあっちまで一往復。負けた方は今日一日勝った方に何されても文句を言わない」
良いことを思いついたと言わんばかりにニコニコと笑みを浮かべて、俺の手を引く。
水中から出てきたばかりでぼーっとしていたけれど、ハッと我に返って彼の手を振り払った。
「なにそれ……いや、やらないし」
「やらないなら純の負けってことになるけど?」
「はあ? 圧倒的に俺不利じゃん。正和さん早いし。ずるい」
「じゃあハンデあげる。俺は平泳ぎで行くから純は好きに泳いでいいよ」
そう言いながら正和さんはプールサイドで準備運動を始めている。気合い満々だ。
クロールで行けば勝てるかもしれない、なんて一瞬思ったが、彼のことだから平泳ぎでも相当速いのだろう。
手を上に伸ばして体を横に曲げる彼を見て、何か良い策はないかと思案する。
「……正和さんは平泳ぎで、俺は足ヒレもつける」
「フィン? ん~……、それはずるくない?」
「だってこれ、普通にやったら正和さんが絶対勝つじゃん。その前提の罰ゲームだし」
「あー、はいはい。じゃあそれでいいよ」
彼との交渉がうまくいって、内心ガッツポーズを決める。ちょっと渋っているからこれなら頑張れば勝てる可能性もありそうだ。
プールを上がって昨日買ったフィンを足に履き、スタート地点に立つ。
「じゃあ、先についた方が勝ちね」
「向こうまで行って戻ってくるんだよね」
「そうだよ」
距離は往復で四十メートル程だろうか。ハンデがあるからミスさえしなければ勝てるはず、とゴクリと喉を鳴らして折り返し地点を見つめる。
「じゃあ位置について。……よーい、スタート」
正和さんの合図で一斉に飛び込んだ。
しかし、やはりと言うべきか飛び込みの時点で大幅に差が付いてしまう。身長差に加えてそこそこ運動神経がある彼は差をつけたままグイグイ進んでいった。
対して俺は、後を追うように必死に手をかいたけど、平泳ぎの彼にあまり差を詰めることもできず、折り返し地点まで来てしまう。
どうにか追いつきたくて壁を蹴った勢いで加速すれば、フィンも馴染んできて彼との差も一気に縮んだ。
しかし、あとちょっと、そう思った頃には既にゴールで、ほんの僅かな差で彼のほうが早かった。
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