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第一章 ~甘い誘惑~

 不意に聞こえたインターホンのチャイムで目が覚めた。 (ん……いま何時だ?)  寝転んだままスラックスのポケットに手を入れて、スマホを取り出す。ボタンを押して画面を点灯させると、そこには十時二十分の文字。しかも外は明るい。 「えっ! もうこんな時間!?」  本当は二~三時間の昼寝で、昨夜の七時には起きる予定だったのに、すっかり眠ってしまったようだ。借金の返済期日が迫っていると言うのに、我ながら呑気である。  起き上がって欠伸をすると、再びチャイムが鳴った。 「ハイハイ、今出ます」  リビングまで小走りで階段を降り、急いでインターホンに出ると、モニターにはスーツ姿の美青年が映し出された。サラサラで少し長めの黒髪は後ろになで上げてある。目元は切れ長の二重で、鼻が高く整った顔立ちをしている。容姿のせいか、あるいは内面の性格のせいなのか、少し怖いと思った。 「……ハイ、どちらさまでしょうか?」 『杉田と申しますが……純様はご在宅でしょうか?』  抑揚のある低めの声。  第一印象は怖いと思ったが、話すと優しい声音で、ニコリと笑った顔からは怖さは微塵も感じられなかった。 「えっと……俺がそうですけど、どういったご用件ですか?」 『借金を抱えてお困りだと聞いたので、力になれれば、とお伺いしたのですが直接お話できないでしょうか?』 (力に……?) 「えと……あの、少々お待ち下さい」  普通ならそんな人怪しい、と思うかもしれない。だけど、どうしたら良いか分からず困っていた俺は、藁にも縋る思いで、インターホンの通話を切ってドアを開ける。  ニッコリ笑って「初めまして」と言った彼の背は一八〇センチくらいだろうか。自分より二〇センチ程大きい彼に驚きつつ、挨拶を返してリビングのソファに促した。  冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り、それをコップに入れながら、彼がどういった人物なのか観察する。年齢は二十代後半……いや三十代だろうか。若く見えるが、貫禄もあるように見える。彼の着ているグレーのスーツは、仕立てが良く、生地も良い物を使っているのがわかるし、見るからに高そうだ。仕事は何をしているのだろう。ここへ来たことと何か関係がある仕事なんだろうか。  そんなことを考えながら、お茶を入れたコップを運んで、自分も彼の向かいのソファに腰を下ろす。 「今日土曜日なのに制服着てるの?」 「あー、昨日そのまま寝ちゃって……」 「ああ、そっか。返済しながら学校も行ってたら大変だよね。今いくつ? 高二だっけ?」 「あ、そうです。十七になりました」 「借金はどれくらい?」  おどおどしながら受け答えする俺に対して、彼は落ち着いた声で話し、早速本題に入る。彼の顔立ちが整っているせいか、真面目な雰囲気だと少し冷徹さを感じて怖い。 「……三五〇〇万、です」  金額が多額なため答えづらいが、躊躇っていても話は進まないので素直に告げた。  だが、相手は眉をピクリと動かし驚いたような顔をするが、それも一瞬。すぐに微笑んで、とんでもないことを口にする。 「……わかった。それは全額返済するよ」 (え? 全額、返済……?) 「その代わり、俺の家へ来る気はない?」  そう言いながらカップを手にとり、お茶を少し飲んだ後、俺の目をじっと見つめた。 (この人の、家に?) 「あ、の……意味が、よく……」  突然の事に頭の整理がつかなくなる。そんな重要そうな事を一度に言われても俺には理解できない。  

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