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~甘い誘惑~ 4

「んー、だから借金返してあげるから、俺の家においでって」 「えっと……杉田さんの家で働くって事ですか?」 「そうじゃなくて、俺の子にならない?」  ますます意味が分からなくて、眉尻が下がって口もぽかんと開いたままだ。 「今はきみ、一人だって聞いたし。俺も一人だから養子に来てくれると嬉しい」 「養子……ですか」 「そう。戸籍とかはそのままでいいし、帰りたくなったらいつでも帰すよ」  彼はそう言って、俺の手をそっと握る。 「学費も生活費も全部面倒みるし、一回俺のとこに来てみない?」  どこか寂しげに聞いてくる彼に、甘えたいという気持ちが湧いてくる。俺だって一人は寂しいし、学校に行きながら生活費と学費を稼ぐのは大変だ。彼が面倒みてくれると言うなら、仕事をするようになってから頑張って恩返ししていけば良い。 「あの……いいんですか?」 「もちろん」 「じゃあ、えっと……宜しく、お願いします」 「こちらこそ」  そう言って、触れていた手を握り直し、改めてぎゅっと握手して嬉しそうに微笑んだ。  しかし、ここで一つ疑問がわいてくる。この人は本当にそんな大金を持っているのだろうか。そうだとすれば、いったい何者なんだろう。 「初めて会うのに、何でそこまでしてくれるんですか……?」 「んー、なんで……。困ってる人を助けたいから、かな。純くんまだ高校生だし、親の借金で可哀想な目に合うのは見てられないなって」  そう言ってふんわり笑った後、少し考える素振りをして目をスーッと細める。 「もしかして疑ってる? 今日中に返済しておくから安心してよ」 「疑うなんて、そんな! ただ、申し訳なくて……」  俯いて言い訳するように呟くと、彼は立ち上がって俺の頭を撫でた。 「ふふ、夜迎えにくるから、それまでに用意しておいて」 「はい! ……っていうか今日からですか!?」 「何か問題ある?」 「い、いえ……ないです」  有無を言わせぬ口振りにかしこまると、クスッと笑われた。俺も立ち上がり、玄関まで見送ろうとして、午後の予定を思い出す。 「あ、でも今日七時までバイトが……」 「じゃあ、八時頃来るよ。それなら平気?」 「大丈夫……だと思います」  彼は手帳を取り出すと、小さな紙に携帯電話の番号を書いた。 「何かあればかけて」 「あ、はい」 「じゃあ、後でね」  渡されたメモを受け取って、玄関まで見送ると、彼は何事もなかったかのように去って行った。 (杉田正和(すぎたまさかず)……)  綺麗な字で書かれた彼のフルネームを心の中で読み上げて、メモを握りしめる。  まさか、こんな一瞬で問題が片づくなんて夢のようだ。まだ実感はあまりないが、握りしめたメモをもう一度見返して、夢ではないことを確認する。 「良か、った……」  できるだけ考えないようにしていたが、正直凄い不安だった。借金が返せなかったらどうなるのか、不安で不安で堪らなかった。ホッと安心したせいか、瞳にじわっと涙が溜まる。 「……よし、片付けなきゃ」  鼻をすすって、服の袖で涙をゴシゴシ拭い、引っ越しの準備をし始めた。  

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