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第29話

 そんな事を考えていたらあっという間に一時間が過ぎて、彼は書類をまとめて机の上でトントンと整えた。両腕を上げて伸びをする彼に訊ねる。 「ねえ、俺のスマホどこにあるの?」 「秘密」 「……バイト先に連絡入れないと」 「直接会って辞めるの伝えといたよ」 (いや、渡してもらえるとは思ってなかったけど。なんでバイトまで勝手に辞めさせてんの。挨拶くらい行きたかったけど)  彼の言葉に顔を顰めて、返してもらう口実を探す。 「……学校から連絡来てたら」 「そんなのほっとけば良いでしょ。それに秋休みにわざわざ連絡してこないって」 「でも、友達から連絡来てるかも、しれないし」 「ふーん」  彼の意味深長な返しに少し慌てる。 「だ、だって連絡きてるのに返さなかったら怪しまれるし、それに俺の物なのに、おかしいじゃんか……」  彼は大きなため息をつくと、俺を膝から下ろして立ち上がる。 「じゃあ、おいで」  そう言って、彼は犬の散歩に使うようなリードを棚から取り出し、それを俺の首輪に繋げた。  もしかして怒らせてしまったのだろうか。だが、彼の表情は穏やかで怒っているようには見えない。何を考えているのか分からなくて不安になる。 「そのまま四つん這いで歩いておいで」  リードをグイグイと引っ張って歩いて行ってしまうので、床に座っていた俺は指示通り犬みたいについて行く事になる。  歩いて行くと階段に差し掛かって、彼は先に降りていってしまうが、俺はこの体勢のまま降りることはできない。その場で立ち止まって、慌てて声をかける。 「ねぇ、待って。立ってもいい?」 「ダーメ」 「でも、降りれない」 「仕方ないなぁ、おいで」  彼は降りかけていた階段を上ってくると、両腕を広げて手を伸ばした。けれど、抱きつくなんて恥ずかしいことはできなくて。 「純?……そのまま、降りる?」  そう言って手を引っ込めてしまう。再び後ろを向いて歩き出そうとしたので、慌てて服の裾を掴むと、彼の服がツンッと突っ張った。こちらを振り返った彼に軽く抱きついて顔を見上げると、彼は苦笑とも微笑ともとれる笑みを浮かべて、俺のことを抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っことか言うやつだ。  赤くなった顔を彼の胸に(うず)めて、階段を降りていく振動を感じながら彼に身をまかせれば、あっという間に階下につく。  だが、俺を床に下ろして、再び歩き出した彼が向かった先は玄関で。  

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