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第30話

「え、ちょっと、どこ行くの?」  驚いて呼び掛けると、とんでも無いことを口にした。 「散歩」  一瞬思考回路が停止する。だが、このままではまずい。すぐに引き止めようとするが、その間も彼は玄関に向かって歩いていく。 「ふ、服、着てないし!!」 「もちろん、裸で行くに決まってるじゃん」 「っ……でも今昼だし、人がたくさん……」  必死に止めようと言葉をかけるが、なかなか良い言葉が思いつかず簡単に流されてしまう。 「夜は寒いでしょ? それに昼の方が楽しいよ」 「楽しくないっ! もし、知り合いに見られたら……」 「いいじゃん。皆に俺のものだって見せつけとけば」 「嫌!」  叫んでる間もどんどん引っ張られていき、抵抗しているせいで引き摺られるようにして玄関まで辿り着いた。  ドアには鍵がかかっていなかったのか、すんなりと開いて、心臓がバクバクと激しく脈打ち青ざめる。激しく抵抗すれば、彼はようやく足を止めて、物凄く不機嫌な声で言った。 「携帯取りに行くんでしょ」 「は? 何で外に……」 「向こうの建物に置いてあるから」  そう言って、彼が指差した方を見ると、百メートルくらい先に家がある。その間の芝生が彼の敷地なのかそうでないのかはわからないが、その建物もとても大きい家なので、かなりの資産家なのだろう。  だが、今の俺にはそんな事を考えている余裕などない。 「離して! 行きたくないっ!」  尻尾をパタパタと振りながら怒鳴れば、彼は独り言のように呟く。 「……素直に従わないなら、散歩だけじゃなくて野外エッチも良いよね」  その言葉にビクリと肩を揺らして、身体を硬直させる。 「ぃゃ、だ」 「何が嫌?」 「……ぜんぶ、いや……ごめんなさい」 「何で謝るの?」  一見すると表情も声音も凄く優しいが、どこか冷たい印象を受けるのは、目が怒っているように鋭いからなのだろうか。  普通に「仕置きする」と言われるよりも怖い。 「スマホはいい、から……」 「純があれだけ言うんだから必要なんでしょ?……いつまで待たせるの?」 「イヤ……、ごめんなさい……許して、ください」 「ほら、行くよ。言う事聞けないなら一晩中外に繋ぐから」  そう言われて考えるが、彼の目が単なる脅しではなく本気なので、考えるだけ無駄だと判断し渋々ついて行く。  手足を直接地面についても芝生の上なので痛くはない。その芝生はとても広く、公道との境はぐるっと木々が囲んでいる。この辺一帯はおそらく彼の敷地なのだろう。  人は見当たらないが、こんな格好で外に出るなんてとても恥ずかしいし、もし知り合いに見られたら……と考えると凄い嫌だ。  心臓がバクバクと鳴り、気温はそう高くないのに汗が出てくる。

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