51 / 494
第51話
「他の人とも来た事あるけど、社員とか、仕事で関係のある人たちだよ」
「…………」
「失礼致します」
スッと襖が開いて、女将さんが入ってくると、テーブルに料理の乗った膳をおく。美味しそうなお刺身、天ぷら、鰻、お吸物、白米に漬け物。食べきれるか不安になるくらいのボリュームだが、匂いにつられて空腹感が増した。
「この子が自分以外と来たのって嫉妬してるんだけど、プライベートで来るの初めてだよねー?」
「どうでしょうねえ」
そう言って女将さんはクスクス笑う。
「サエさん酷い」
「ふふ、冗談ですよ。いつも仕事でいらしてるので、今日は楽しそうで良いですね」
(名前で呼ぶんだ……)
仲良いんだな、なんて思っていたら、女将さんが俺を見て言った。
「ほら、私と話してるとまたヤキモチ妬かれちゃいますよ」
(別に妬いてなんかないし)
「可愛い」
正和さんはそう言って、女将さんが見てるのに唇へキスしてくる。軽く触れるだけのキスだったが、ドキッとして息が上がった。
「おやおや」
女将さんは小さく呟いて、そっと部屋を出て行った。
「純のこと愛してるって言ってるでしょ。心配しないで俺のことだけ見てて」
心臓が早鐘を打ち、ドキドキして全身が熱い。もしかしたら顔も赤いかもしれない。
今日の俺、なんか変だ。
「心配なんてしてないし」
正和さんはクスッと笑うと頭を撫でてきた。
「冷める前に食べよう」
「……いただきます」
鰻を箸で切って口に運ぶ。ふわふわで甘味があってとっても美味しい。お刺身は見た目からして美味しそうな色をしているし、天ぷらはサクサクふわふわだし、なんか幸せだ。
ご飯を食べ終えて部屋で少しゆっくりした後は、お会計を済ませて女将さんに見送られながら店を出た。
車を二十分ほど走らせて百貨店に着くと、駐車場に車を停めた。車を降りると先ほどのように、手を繋がれて歩いてく。
「ねぇ、手離して」
「だめ」
周囲の視線が気になって恥ずかしいから離して欲しかったけど、彼の目が厳しくなったので、これ以上言うと怒られそうだから諦める。
(別に逃げたりしないのに……)
拒んで離そうとしていた手を軽く握り返したら、彼は優しい顔に戻って微笑んだ。
「たまにはこう言うデートも良いね」
(デート?!)
「っ……」
じわじわと顔が熱くなる。今日だけで何回赤面してるんだろう。
「何か見たいものある?」
「……ない」
「うーん、じゃあ純の服でも買いに行こうか」
「えっ、いいよ」
「何で? 裸の方が好き?」
自分の服は何着かあったはずだし、買ってもらうのが申し訳ないから言ったのに、真面目な顔で困った発言をする。
「そんなわけないじゃん」
「じゃあ行こう」
そう言って洋服売り場に向かった。
書籍の購入
ともだちにシェアしよう!