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第53話

 少ししてコーヒーとココアの入ったカップを手に戻ってくると、ココアの方のカップを俺に渡してくる。 「どうぞ」  カップを受け取るが、正和さんの顔をじっと見つめた。初日に飲まされた変な薬入りココアのイメージが強くて、信用できない。 「普通のココアだよ」 「ほんとに?」 「毒味しようか?」  クスクス笑ってそう言うから、本当に普通のココアなんだろう。  正和さんは俺の右隣に座って、左腕を肩にまわしてきた。そして右手で持ったカップに口付け、コーヒーをゆっくり飲む。 「……何か話でもあるの?」 「ないよ。たまにはゆっくりするのも良いかなって」 「そっか……」  俺も恐る恐るカップに口づけて、ココアを口に含んだ。 (甘い……)  温かい飲み物は心まで温まって、幸せな気持ちになってくる。 「純」  正和さんは俺の名を優しく呼ぶと、肩をそっと抱き寄せて耳にキスをした。その感覚に体がゾクッと震えて、危うくココアを零しそうになる。 「大好き」 「っ……」  耳元で低く掠れた声で囁かれ、ドキッとする。全身がドキドキと力強く脈打って、カップを持つ手が震える。  「おれ、は……好きじゃない」 (なんなんだよ、突然……何でドキドキしてんだよ、俺)  男が男にときめくなんてありえない。俺のタイプは年下の可愛い女の子だ、と自分に言い聞かせて心を落ち着ける。 「俺は純のこと愛してるよ」  高鳴った鼓動は一向に収まる気配がなく、早くこの場から離れたくなった。 「か、課題やってくる」 「今?」 「出かけたから今日進んでない、し」  正和さんが寂しげな顔で聞いてくるから、言い訳っぽく語尾が小さくなった。 「そう。じゃあ俺も仕事しようかな」  そう言って正和さんが立ったので、俺も立ち上がって、部屋の方へ足を向ける。すると手首を掴まれて。反射的に振り向くと、チュッと唇にキスされた。 「っ!」  顔が熱い。心臓がドキドキしておかしくなりそう。 「夕飯の時間になったら呼ぶね。あとこれ」  返されたスマホを受け取ると、正和さんは平然と自分の部屋へ行ってしまった。それを呆然と見送った後、自分も部屋に戻る。  だが、鼓動はトクトクと速度を増して、課題は一つも進まなかった。胸がドキドキして、頭の中は正和さんのことでいっぱいで。問題集なんてページを開く事すらしないままだ。  椅子から立ち上がり、ふらふらとした足取りで移動する。ベッドに仰向けに転がって、左手で胸を押さえ、明かりを遮るように右腕を顔の上に乗せた。  俺は男。正和さんも男。おまけに意地悪で変態で年も離れている。……ありえない。  ドキン、ドキンと力強く脈打つのが左手に伝わってきて、その音は耳にも騒がしく響いた。  大きく息を吐いて深呼吸をすると、少し頭がすっきりしてくる。もしかしたら、ずっと閉じ込められて二人っきりだから、変な気持ちになるのかもしれない。  掛け布団を抱き枕の代わりに抱きついて横になる。しばらくぼーっとしていると、うとうとし始めていつの間にか眠っていた。

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